平家物語 巻第六 「小督 3」

2024-08-19 (月)(令和6年甲辰)<旧暦 7 月 16 日>(仏滅 乙卯 三碧木星) Magnus Måns  第 34 週 第 27582 日

 

そして8月10日あまりになった。隅々まで晴れわたった空ではあるけれど、天皇のお目は涙に曇り、月の光もおぼろにご覧になるばかりであった。やや深更に及んで「誰かゐないか」とお声をかけられた。返事をするものは誰もない。はるか遠くの方で、その夜も控へてゐた弾正少弼仲國が、遠慮がちに「仲國」とお返事申し上げた。「近うまいれ。話したいことがある」とおっしゃるので、何事であらうかと御前近くに進み出た。「なんぢはもしかして小督の行方を知ってゐるのではないかな」仲國「滅相もありません。全く存じません。」「本当かね。小督は嵯峨の辺に、片折戸したとかいふ家にゐると噂をするものがあると聞くぞ。その家の主人の名前は分からないが、尋ねてみてはくれまいかの」「主人の名前が分からなければ、どうやってお尋ねできませうか」と答へると「それもさうやな」とお涙を流されるのであった。その様に返事をしながらも仲國は何か手がかりはないだらうかと思ひをめぐらした。「さういへば、小督殿は琴をお弾きになったな、この月の明るさに君のことを思ひ出されて、琴を弾かずにおかれるなんてありえないのではないかな。御所で琴をお弾きになってゐた頃は、この仲國が笛の役を仰せつかって伴奏も申し上げたのだ。琴の音を聞けばすぐにそれと分かるはずだ。また嵯峨に人家が何軒あるだらう。ひとつひとつたづね回ればどこに居られるかを聞き出すこともできるかもしれない」と思はれた。「それでは主人の名前は分からなくても、もしやと尋ねてみて参りませう。ただし、見つかってお目にかかることができたとしても、お手紙をいただかずに訪問したならば、嘘の使ひだとお思ひになりはしないでせうか。是非ともお手紙をいただいてお探しに出かけたいと存じます。」と申し上げた。「もっともなことや」とすぐにお手紙を書いていただいた。「寮のお馬に乗って行け」とお言葉をいただいた。仲國は貸与された寮のお馬に乗って、名月に鞭をあげ、どこといふあてもなくふらふら出て行った。

今日(日本時間では20日)は満月。今年最大のスーパームーンと聞いて外に出て眺めてみた。お月様が涙に曇ることはなかった。