平家物語「徳大寺之沙汰 1」

2021-05-04 (火)(令和3年辛丑)<旧暦 3 月 23 日> (先勝 壬子 一白水星)みどりの日 下弦 Monika Mona   第 18 週 第 26379 日

 

ところで、徳大寺の大納言實定卿は、本人も周囲の人たちも、大将の地位を継ぐのは自分であるとばかり思ってゐたのだが、平家の次男宗盛卿に持って行かれてしまった。それでその後しばらくは家に引きこもって、怏々と楽しまぬ日々を送り、周囲には「出家したい」と漏らされるご様子であった。諸大夫や侍どもは「どうしたものだろう」と嘆きあった。そんな人たちの中に藤蔵人重兼といふ諸大夫がゐた。色々なことによく気がつく人である。ある月の夜のことであった。實定卿は南に面した格子を上げさせて、ただひとり月を愛でながら、何か口ずさむようなご様子であった。重兼はお慰めしようと思ったのだろうか、そのお近くまで参った。「誰だ?」「重兼でございます。」「何かあったのか?」とお尋ねになるので、「今宵はことに月冴えた夕べでありますので、心の赴くままに出て参った次第です。」と答へた。「殊勝なことよ。よく来てくれた。何となく心細くて寂しいところなのだよ。」それから何といふこともないよもやま話をして實定卿のお心をお慰め申し上げた。そのうちに大納言は言はれた。「つくづくこの世の中のありさまを思ふに、平家の世はますます盛んになる一方であることよ。入道相国の嫡子重盛、次男宗盛は既に左右の大将になってゐる。そのすぐ後には三男知盛、嫡孫維盛もゐることだ。それらの人たちが順々に大将になって行ったら、平家でない人たちはいつになれば大将の位につくことができようか。かうして、どうせおしまひには出家することになるものなら、もうこの辺で出家しようかのう」これを聞いて重兼は涙をハラハラと流して申し上げた。「實定卿がご出家なされば、御家来の人々は皆路頭に迷ふことになります。私にひとつ考へがあります。安藝國の厳島神社へ参って、昇進の祈誓をなさってはいかがでせうか。といふのも、あの神社を平家の人々は大変にあがめ敬ってをります。七日ほどもご参籠になれば、あの社にはお仕へする優雅な舞姫(内侍)がたくさんゐます。「めづらしいご参拝客ですこと」と言って、おもてなしを受けると思ひます。「どんなご祈誓のためにご参籠なさったのですか」といふ話題になるでせうから、その時はありのままをお話しになれば良いと思ひます。都に帰る段になれば内侍たちはきっと名残を惜しみますでせう。そしたら主だった内侍たちを都まで連れてきておしまひなされ。都まで来てしまへば内侍たちはきっと西八条の清盛様にご挨拶に行くでせう。清盛様から「徳大寺殿はどんなご祈誓のために厳島へお参りなさったかな」とご質問があれば、内侍たちはありのままにお返事を申し上げるに違ひありません。入道相国殿は特別に感激しやすいお人ですから、「私があがめる神様に参って祈りをされるとは嬉しいことよ」と言って、悪いようにはなさらないのではないでせうか。」と申し上げた。徳大寺殿は「これこそ思ひもよらぬことであったぞよ。滅多にないうまいことをよくも思ひついてくれたな。すぐにもお参りに行かうぞ」と言って、にはかに精進を始めて、やがて厳島へ赴かれた。

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