スウェーデンでは第3波

2021-03-01 (月)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 18 日> (赤口 戊申 九紫火星) Albin Elvira  第 9 週 第 26316 日

 

スウェーデンでは第3波がいよいよ激しくなって来た様に感じられる。スウェーデン語では IVA (Intensivvårdavdelning) と言って、集中治療室のことであると思ふが、いよいよ満杯かそれに近い状況であるらしい。また、今日からは密を避けるためにレストランなどにより厳しい規則が課せられた様である。日本では今日から6府県で緊急事態宣言が解除されたとニュースで見たが、それと対照的である。3月11日から EU で Johnson & Johnson のコロナワクチンが使用される様になるといふ話も聞いた。僕のところにも郵便で、今月から5月までの間に接種が可能な見通しであると連絡が来た。どの会社のワクチンであるかはよく知らない。1956 年より早く生まれた人がまづ接種できると書いてあった。具体的にどの様に接種の予約をするかについてはまた改めて連絡が来ると書いてあった。接種は無料で、また強制ではないとも書いてあった。果たして僕は接種を受けるべきかどうか、はたと悩んでしまふ。ワクチンといふものは基本的にもっと何年もかけて開発し、安全性を確認しながら進めるべきものであると思ふからだ。先週金曜日のスウェーデンの新感染者数は1日で1万人近かった。日本の10倍以上である。人口は10分の1以下であるのに。日本に居る場合より100倍以上感染しやすいことになる。どんなに気をつけてゐても、感染する時はスッと入られてしまふものかもしれない。

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散歩に出る時間が遅くなってもまだ明るいのは助かる

 

一万人の数へ方

2021-02-28 (日)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 17 日> (大安 丁未 八白土星) Maria  第 8 週 第 26315 日

 

昨日のブログに、重盛のもとに兵士が一万人以上集まったと書いた。現代の人口過密の国に住む僕らは、新国立競技場に六万人を収容できることを知ってゐるから、一万人と聞いてもあまり驚かないかもしれないが、当時にすれば大変な人数であったと思ふ。盛國が帳簿をつけたといふが、全員の名前を記したわけではあるまい。もし、全員が整列して、一人づつ順番に「イチ」「二」「サン」と番号を呼び上げて行ったら一万人を数へるのに4時間ほどかかるのではあるまいか。百人ほどづつのグループに分けて並行して似た様なことをしたかもしれない。現実には誰それのもとに兵士何十名、の様な数へ方をしたのかなと思ふ。ほんの短い時間に正確な数字を割り出すのは意外に難しかったのではないかと思ふ。仮に一万人が名刺を持ってゐたと仮定して、10人分の名刺をA4用紙1枚に貼るとすれば、A4用紙は1000枚以上必要になる。キングファイル2冊分くらいか。全員の名前を書き出すのは現実に不可能ではないが、あの状況ではごく大雑把な数字であったと思ふ。東日本大震災では8年後の被害状況で死者15897人であったと聞く。ひとりの死亡診断書がA4 用紙1枚に書かれたとすると、死亡診断書をファイルするだけで、キングファイル32冊になる。大きな数字は、数字だけを眺めても実感がわかないが、その様なことを思ってみると少しは想像がつくかなと思ふ。今はデジタル時代なので、そんなことを思ふ人はゐないかもしれないけれども。

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2月末日。家に閉じこもってゐるのがもったいない陽気であった。

 

平家物語「烽火之沙汰 4」

2021-02-27 (土)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 16 日> (仏滅 丙午 七赤金星)満月 Lage  第 8 週 第 26314 日

 

小松殿では馳せ参じたものたちが誰々であるかを調べて、盛國が帳簿をつけた。その人数は一万餘騎に及んだといふ。その帳簿を見てから重盛は中門に出て集まったものどもに向かって話を始めた。「日ごろの契約を守ってけふは皆よく集まってくれた。中国にはこんな話が伝へられてゐる。周の幽王には褒姒(ほうじ)といふ名の最愛のお后があった。天下第一の美人である。けれども幽王にとって残念であったのは、このお后は一切笑ふといふことをしなかった。当時は天下に兵乱が起こると、あちこちに火をあげ、太鼓をうって兵士を集めることになってゐた。これを烽火と言った。ある時、兵乱が起こったので烽火をあげた。すると后はこれを見て「おやおや、びっくりだこと。火もあんなにたくさん見えますよ」と言って、初めて笑った。この后はひとたび笑ふと百の媚びが生じるのだった。幽王は有頂天になって喜び、それからは何といふことがなくても烽火をあげる様になった。兵士が駆けつける。攻めてくるものがない。むなしく引き返すだけであった。そんなことがたび重なると、烽火があがっても誰も集まらない様になってしまった。ある時隣国より凶賊がおこって、幽王の都が攻撃された。急いで烽火を挙げたのだが、いつも后を喜ばせるためののろしが習慣になってゐるものだから、集まって来る兵士などなかった。それで都は攻め落とされて幽王はついに滅んだ。この后はそれを見ると狐になって走り去った。恐ろしいことである。皆のものはこれから先も呼び出しがかかったらけふの様に集まってほしい。重盛はおもひがけない大事件が起こると聞いたものだから、けふはみんなに集まってもらった。しかし、もう一度聞き直してみた。するとそれは間違ひだと分かった。今日はせっかく集まってもらったのだがこれで解散する。皆さん帰りなさい」かうして兵士たちは帰って行った。本当のところは、はじめから大事件が起こる話などなかったのである。西八条で父を諌めたが、その言葉にしたがって、一体どれほどの兵が自分の方に集まるものかを調べたのである。また、父と子の戦ひを始めようなどとは思はなかったが、かうすれば父上も謀反を思ひ止まってくださるだろうと計らってのことであった。

主君に間違ったお考へがあっても、家臣は正しくあろうとしなければならない。父がひどい父であっても、子はどこまでも正しくしなければならない。君のためには忠あって、父のためには孝あるばかりである。文宣王(孔子)のお言葉の通りである。後白河院もこのことをお聞きになって、「今に始まったことではないが、重盛は誠に立派な考へのものであることよ。普通ならなら仇で返すところを、恩をもって返すのはあっぱれだ」とお褒めになった。また、町の人々も「前世の果報が結構なので大臣で大将を兼ねられたのだろうが、そればかりでなく容姿風采も人に勝り、智恵学問までも飛び抜けてゐるではないか」と言って感心し合ふのであった。「國に諌める臣あればその國必ずやすく、家に諌める子あればその家必ずただし」と言ふ。重盛は、上古にも末代にも滅多にない、誠に立派な人物であった。

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夕暮れの空の色の移りゆく様子も生きる励みになる

 

平家物語「烽火之沙汰 3」

2021-02-26 (金)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 15 日> (先負 乙巳 六白金星) Torgny Torkel  第 8 週 第 26313 日

 

小松殿で何かことが起きてゐるといふ知らせが入ると、西八条にゐた数千騎の兵共は、清盛には何の挨拶もせずに、ガヤガヤと連れ立って皆小松殿へ走って行ってしまった。少しでも弓矢を使ふことができるものは一人も残らなかった。かうなると清盛は驚いてしまった。貞能をよんで「重盛のやつは一体何だと思ってこの兵士たちを呼び寄せるのだろう。さっきこの家で言ってゐた様に私のところへ兵を差し向けるつもりだろうか。」と言った。貞能は涙をハラハラと流して、「一人の兵士も攻めてくることなどありません。何でそんなことがあるでせうか。重盛公は先ほどここであなた様に申し上げたことも今ではきっと後悔してゐらっしゃるでせう。」とお答へ申し上げた。清盛は重盛と仲が悪くなってはまづい事になるぞと思ったのか、後白河院を自分の館におよびすることを思ひ止まった。鎧を脱いで素絹の衣に着替へ、袈裟をかけて、心にもなくお経を読むのであった。

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コロナの憂ひなど知らないであろう鳥たちの囀りが空に響いた。

 

イルミネーションを外す

2021-02-25 (木)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 14 日> (友引 甲辰 五黄土星) Sigvard Sivert  第 8 週 第 26312 日

 

冬の間、庭木のイチョウとモミジの枝にかけておいたイルミネーションを今日外した。もっと早く外したかったのであるが、電線が雪に埋まって、それを無理に外すと電線を傷めるかもしれないと思って雪の融けるのを待ったのである。この冬からは枝の高いところへはかけなかったので、はしごも必要とせず、割と簡単に外すことができた。外す時のコツはかうである。先端部から糸巻きの様に巻いていく。枝をかはさなければいけないところに来たら、それまでに巻き取った部分に輪ゴムをかけてボールが解けない様にして、枝の間をそのボールが潜る様に放るのである。ちょっとコントロールが要るのだが面白い。そんな方法で手の届かないところもクリアーできた。外したイルミネーションを片付ける作業もあり、今日はそんなことをして暇をつぶした。少し春が近づいた気がする。

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雪はほとんど融けた

 

宇宙の話

2021-02-24 (水)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 13 日> (先勝 癸卯 四緑木星) Mattias Mats  第 8 週 第 26311 日

 

この地上で生きていくことに疲れを感じた時、宇宙の広がりに思ひを馳せるのも悪くないと思ふ。僕も子供の頃は天文・気象・宇宙などに興味があったが、成長するにつれて夢は次第に遠のいた。現代天文学は当時に比べると格段に進んでゐる。地球は太陽の周りを1年で回るが、その速さは秒速30kmほどになる。東京・横浜間ほどの距離を1秒で走るのだから早いものだと思ふ。それによって地上には四季の恵みがある。でも、その太陽は銀河の中心の周りを秒速240kmで回ってゐるといふ。なぜそんなことが分かるのかといふと、VERAと呼ばれるプロジェクトで、日本国内の4箇所に設置された電波望遠鏡を同時に駆使して、日本列島の大きさに相当する巨大電波望遠鏡を構成するのだといふ。同じ様な設備が欧米にもあり、星の動きや位置をつぶさに観察して、それらの結果を合はせると太陽系が銀河の中でどの様に動くのかが分かるのだといふ。ものすごい精密科学で、僕には想像もできない。銀河は渦を巻いた様な形をしてゐるが、本来なら周辺部ほどゆっくり回るはずなのに、周辺部でも結構速いらしい。それはダークマターの影響であるらしい。ダークマターダークエネルギーも僕は割と最近になって言葉だけを聞く様になったが、実態はよくわからない。僕らは学校で、万物は原子でできてゐると教はったが、最新の宇宙の観察結果から分かることは、我々の目に見える普通の物質は宇宙の中には4,9%しかなく、残りは目には見えないサムシングで、ダークマターが26,8%、ダークエネルギーが68,3%であるといふ。普通の物質とダークマターは引力となって銀河や銀河団ができる原因となったが、ダークエネルギーは斥力となって、宇宙の膨張に寄与するものらしい。この銀河には、地球型惑星が100億個程度あるらしい。でも、この地球の様に素晴らしい星が、その100億個の中に果たしてあるのかなと、僕は疑問に思ふ。銀河の中心にはブラックホールがある。ブラックホールの質量は、太陽質量の百万倍とか十億倍とかとてつもない大きさである。銀河系の外にあるその様なブラックホールを検出するためにヨーロッパでは LOFAR といふ超低周波電波望遠鏡のネットワークで観測が進んでゐる。既に 25000 個のブラックホールが見つかってゐるといふ。今日のブログは、「あっと驚く科学の数字」(ブルーバックス)と Ny Teknik (2021-02-24 11:19 av John Edgren) の記事を見て書いた。

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春一番」に相当するスウェーデン語は知らないが、けふはそれを感じた。

 

Learning for all 座談会

2021-02-23 (火)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 12 日> (赤口 壬寅 三碧木星天皇誕生日 Torsten Torun  第 8 週 第 26310 日

 

ひと月ほど前に日本経済新聞に Learning for all の活動のことが紹介されてゐて、それを読んで共感できる部分があって、わづかばかりのサポーターになった。今日はズームを使ったビデオ会議があるといふので、海外からではあるが参加してみた。いくつかのグループに分かれて、僕の入ったグループは3人であったが、そのくらいの少人数であると結構気楽に話ができるものだと思った。残りの2名の方はいづれもお若くて、しっかりとした考へをお持ちで、刺激を受けた。僕は会社を定年退職して以来、毎日、自分のことばかりに時間を使ってゐるが、たまにはこの様な会議に参加して社会に目を向けることも大事かなと思った。貧困の子供達の中には、毎日、歯を磨くことさへもせずに同じシャツを着て過ごす子もあるといふ。勉強といふのは何も国語とか算数の問題を解くだけのことではないと思ふ。きちんとした生活習慣を自己管理することがまづ基本ではないかと思ふ。真面目に生活する態度ができれば、そのやり方の全くの応用で、国語や算数にどの様にむかへば良いのかがひとりでに分かってくると思ふのだ。僕は定年退職した後に、毎日、自分の身の回りの整理をすることを第一目標とした。仕事をしてゐた頃は朝起きると家を飛び出して会社に向かったから、身の回りの整理などできる様な環境ではなかったが、定年後には体調管理、睡眠管理なども含めて、かなり落ち着いた環境で身の回りの整理ができる様になったと思ふ。すると、「ああ、仕事をしてゐた頃も自分をこの様な状態にしてから仕事を始めたら、もっと質の高い仕事ができたに違ひないのに」といふ様な軽い後悔を覚えるのだ。子供の場合も全く同じで、まづ生活をしっかりすることを目標にすれば、勉強は自然についてくるのではないかと思ふ。座談会で「貧困であることは恥ではないが、貧しさに安住することは恥である」と言った人があることを僕は話したが、「いや、貧困のある社会はそれ自体恥です」と反論された。高い志とは思ふが、現実主義者である僕は貧困は社会からなくならないだろうと諦めてゐる。人はその様な理想の社会の出現を待つ間に年老いてしまふ。今はお金持ちはどんどんお金持ちになり、貧しいものはどんどん貧しくなっていく。その差が開きつつあるのだといふ。僕はその様な社会が良いとは決して思はないけれども、それほどの憤りもない。何が起こるか分からないのが人生であり、健康で文化的な最低限度の生活が保証されるなら、どの様に生きるのが良いのかを考へることは、お金持ちであるかどうかには関係ないからだ。ズームを通じて、今日は若い人と話もできたが、現場で貧困の子供達と話をするボランティアの方の苦労も大変だろうと思った。子供の心理にも通じた専門性も必要なお仕事ではないかと思った。

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雪融けは今日も進んだ。