2024-07-26 (金)(令和6年甲辰)<旧暦 6 月 21 日>(友引 辛卯 九紫火星) Jesper Jasmine 第 30 週 第 27558 日
天皇は関白の勧めにも応じられなかったが、いとしい人に会へなくなって、思ひはさらにつのるばかりでおありだった。緑の薄手の鳥の子紙の特に匂ひがついたものを選んで、古歌ではあるが、その思ひを興にまかせてお書きになった。
しのぶれどいろに出にけりわが恋はものやおもふと人のとふまで
この書きすさびを、冷泉少将隆房がお預かりし、くだんの葵の前のところへ持って行ってお見せした。葵の前はみるみる顔をあからめて「少し具合が悪くなりました」と言って里へ帰り、うちふされたまま五、六日が過ぎたが、ついにお亡くなりになってしまった。「君が一日の恩のために、妾が百年の身をあやまつ」といふ白氏文集にある言葉は、この様なことを言ふのであらうか。昔、唐の太宗が鄭仁基の娘を元観殿に入れようとなさったのを、その臣であった魏徴が「あの娘は陸士がすでに婚約してゐるのですよ」とお諌め申し上げたので、入内が取りやめになったことがある。天皇が葵の前を入内させられなかったのも、そのお心は同じようでおありだったのではないかと思はれることである。