シモン忍さんを偲んで

2024-08-20 (火)(令和6年甲辰)<旧暦 7 月 17 日>(大安 丙辰 二黒土星)満月 Bernhard Bernt  第 34 週 第 27583 日

 

1週間前のストックホルム日本人会からのメールによると、シモン忍さんは8月7日にお亡くなりになった。そして今日は Sollentuna でお葬式が行はれたはずである。僕は行かなかったが、ブログに哀悼の気持ちを残しておきたい。スウェーデンの日本人会と云へば、今もストックホルム日本人会が活動してゐるけれども、昔はスウェーデンの数カ所に日本人会があって、それらの上部組織として日本人会連合会があった。もう少し詳しく書くと、Göteborg, Skåne, SmålandBleking, Östergötland の各地方に日本人会があった。日本人会連合会は定期的に年次総会なども開いてゐた。シモン忍さんはその連合会長を長くおやりになった。また当時は ”HASHI” といふ機関誌も発行されてゐた。大江健三郎氏がノーベル賞をおもらひになった時も ”HASHI” に特集が載ったのを覚えてゐる。シモン忍さんはいつも前向きに連合会を引っ張っておいでであった。うろ覚えだが、Vegagatan だったかにストックホルム日本人会のクラブ室があった。そこには日本語の本がたくさん置かれてもあった。そこで僕は何度かシモン忍さんにお目にかかってゐる。ご出身は北海道であった様な記憶がある。趣味の豊かな方で、何種類ものトマトの栽培もなされてゐたし、かるた会なども主催された様に思ふ。もう昔のことで、どの記憶もぼんやりとして曖昧である。まだインターネットが普及してない時代でもあったかと思ふ。あれこれと思ひ起こしながら、ささやかに哀悼の意を表したい。

気温はやや低めで21℃ほどであった