「ルーズベルトニ与フル書」の衝撃

2024-09-13 (金)(令和6年甲辰)<旧暦 8 月 11 日>(赤口 庚辰 五黄土星) Sture  第 37 週 第 27607 日

 

日本経済新聞夕刊に「こころの玉手箱」といふコラムがある。執筆される方によって、読む時と読まない時があるのだが、今週は梯久美子氏の執筆であったので、しっかり読んだ。この人の書かれたものは心に訴へかけてくるものがある。それで新聞や雑誌でそのお名前を見かけると読む様にしてゐる。ではあるのだが、実はそのお書きになった本を読んだことがない。あの渡辺謙主演の映画でも有名になった「散るぞ悲しき」も読んだことがないのである。映画も見てないけど。「これではいけないね」と思ってその本だけでも読んでみようかと思ってアマゾンで調べたのだが、kindle版では見つけられなかった。紙の本だと、どうしても日本に行った時に買ふことになってしまふ。代はりにと言っては変だが、文春文庫で「硫黄島 栗林中将の最期」といふ本がkindle版であったので、それを買った。「散るぞ悲しき」の出版後に出てきた栗林中将の最期に関する異説が紹介され、その多くの伝聞に対する冷静な考証が述べられてあった。真実がどうであったかは誰にもわからないといふ理由だけで、ある出来事をベールに覆ってしまふのは愚であると思ふ。その意味では、その記述は、あったであらうことがらをできるだけ丁寧に吟味して推論が進められてあって好感が持てた。また、この本は戦場に散った多くの人たちにも眼差しが向けられてゐた。特に衝撃的であったのは、市丸海軍少将が書いた「ルーズベルトニ与フル書」といふ書簡である。僕はそんな手紙があったことを全く知らなかったので、本当に驚いた。硫黄島で陸海軍の最後の総攻撃の際、部下の通信参謀がこの手紙を腹に巻いて出撃した。米軍は遺体の腹巻の中からこれを回収して、手紙はアメリカの手に渡ったといふ。その敵を敬ふ態度はアメリカの光であると僕は思ふ。ひとりの人間として心から感謝したい。何といふ奇跡かと思ふ。そしてその手紙の文面たるや実に理路整然とまとめられてあって、もし現代の文筆を生業とする人が、冷房の効いた部屋で机に向かって書いても、これだけ密度の高い文章を書くのは難しいのではないかと思ふ。それを暗い洞窟の中で、血の臭や死臭や硫黄の臭気が立ちこめる中で、市丸少将は海軍用箋8枚に書きつけたのである。下書きも満足にできなかったかもしれないのに、何と立派な手紙が書かれたものだらうかと感嘆する。その手紙は現在はメリーランド州アナポリスの米海軍兵学校博物館に収蔵されてあるさうである。この手紙を本当にルーズベルト大統領が読まれたかどうかはわからないが、もし虚心に読まれたとしたならば、そこに含まれる一片の真実に人は動かされただらうと思ふ。ルーズベルト大統領はその後まもなくであらう時期にお亡くなりになった。この手紙の終はりの方には次の様な文が見える。

<凡ソ世界ヲ以テ強者ノ独専トナサントセバ永久ニ闘争ヲ繰リ返シ遂ニ世界人類ニ安寧幸福ノ日ナカラン>

それはまさに現代の私たちが抱へる問題を言ひ当ててゐる。前の大戦の最中にこの様な日本人がゐたことは僕には大きな励みである。

Nyköping teaterparken の近くで