「武士の家計簿」読後感

2023-10-27 (金)(令和5年癸卯)<旧暦 9 月 13 日>(先負 戊午 三碧木星) Sabina   第 43 週 第 27289 日

 

磯田道史著の、およそ二十年近くも前のベストセラー書を、ふとしたきっかけで読んでみた。映画化もされたほどの本であるが、そんなことも知らなかった僕には全く新鮮であった。読み終えて静かな感動のさざなみが胸に残った。僕は「士族の商法」のやうな言葉でしかあの時代を知らなかったけれども、そのやうな霧を払ってピントがぴたりとはまった映像を見たやうな気がした。明治維新といふ激動の時代を生きた士族の歴史が、時空を超えて、すぐ間近に感じられた。僕らもまた移り変はりのすさまじい時代に生きてゐるが、何をよりどころに生きるべきかを考へる時、参考になるものがあるやうに思はれた。それと、江戸時代の社会の様子が今まで感じてゐたものとは違った印象を与へられた。例へば身分が最下辺である農民は虐げられてゐた様に感じてゐたが、武士の家に住み込みで雇はれた男家来や下女への給金は、主人のお小遣ひよりもどうかすると潤沢であったかもわからないといふ。彼らは、主人である武士たちは身分としては立派であるが、現実にはどれくらいひどい貧困に苦しんだかをよく知ってゐた。それで彼らは身分は低くても革命を起こすほど大きな不満には至らず、江戸時代の平和と安定の基礎をなす一面をになったといふ。現代の僕らは家計を節約しようとすればまづ交際費などを真っ先に縮小するが、江戸時代の武士にとってはその身分と格式の維持のために削ることのできない費用であった。先祖祭祀にかかる費用も広い意味では交際費であって、これらが重荷になって当時の武士たちは経済的に苦しんだ。明治維新により、武士たちは身分を剥奪されたけれども、同時にこれからは交際費にお金を使はずに済むメリットも与へられたといふ。色々と教へてもらったが、150年以上も前の直筆の古文書を読み解いて物語に仕立て上げる著者の力量に感嘆した。そんなことで感嘆しては偉大な学者に失礼だとは思ひつつ感嘆した。僕らは縦書きで書かれた漢数字を見ても何も浮かばないが、それらをボロボロの古書からひとつひとつを解読する苦労はどれほどであったかと思ふ。家計簿を見ればどんな暮らしであったかがよくわかる。現代にも通じることであると思ふ。色々と学ぶことは多かったが、あとがきの最後の一句にこめられた思ひに深く動かされた。

空気が冷たく感じられた。