平家物語 巻第五 「富士川 8」

2024-03-12 (火)(令和6年甲辰)<旧暦 2 月 3 日>(仏滅 乙亥 九紫火星) Kronprinsessans namnsdag Viktoria Regina    第 11 週 第 27426 日

 

そして10月23日になった。明日はいよいよ源平両軍が富士川をはさんで戦闘開始と決まった。夜になった。平家の方より源氏の陣を見渡せば、伊豆・駿河の人民・百姓らがいくさを恐れて、野に入るものもあれば、山に隠れるものもある。あるいは船にとり乗って海河に浮かぶものもある。その者たちが食べ物を煮たり焼いたりする生活の火があちこちに見える。平家の兵士たちは「ああ、何といふ源氏の陣の遠火の多いことであらう。なるほど、昨日とらへた源氏の兵卒が言った様に、本当に野も山も海も河もみな敵でいっぱいであることよ。どうしようぞ」と言って落ち着きを失った。それからさらに夜がふけた。富士の沼にいくらも居る水鳥どもが、何かに驚いたのであらうか、いっせいにバッと飛び立った。その羽音たるや凄まじく、まるで大風が寄せたかまたは雷かと聞こえたので、平家の兵士たちは「そら、源氏の大軍の襲来だぞ、斎藤別当が言った様にきっと搦手に回るのであらう。挟み撃ちにされては大変だ。ここはいったん引いて尾張川(木曽川)の墨俣(岐阜県安八郡)を防げや。」と言って、とるものもとりあへず、我さきにと逃げ出した。あまりに慌てるものだから、弓を取ったものは矢を忘れ、矢を取ったものは弓を忘れ、人の馬に自分が乗り、自分の馬は人に乗られるといふあり様である。あるいは馬が繋がれてゐるのに気づかずに杭の周りを回るだけのものもゐる。近い宿場から遊君遊女などが来て兵士たちの相手をしてゐたのだが、頭を蹴割られたり、腰を踏み折られるなどして、絶叫するものが多かった。

24日の朝が来た。6時ごろになって、源氏の大勢20万騎が富士川に押し寄せた。彼らは、天も響き、大地も揺るぐほどに、三度の鬨の声をあげた。

曇り空の中の明るさ