平家物語 巻第五 「物怪之沙汰 5」

2023-09-29 (金)(令和5年癸卯)<旧暦 8 月 15 日>(仏滅 庚寅 四緑木星)満月 Mikael Mikaela    第 39 週 第 27261 日

 

高野にゐらっしゃる宰相入道成賴(藤原氏)は、この様な話を伝へ聞いて「それでは平家の代は次第に衰へていくといふことであらうか。厳島の大明神が平家のお味方をしたといふことはもっともなことである。ただし、それは八大龍王の第三位の娑羯羅龍王の第三の姫宮であるから、女神であると承知してゐる。八幡大菩薩が「節刀を頼朝に与へよう」と仰られたのも分かる。けれども、春日大明神が「その後はわが孫にもお与へくだされ」と仰られたのは合点がいかない。それは平家が滅びて、源氏の世も尽きて、その後に、藤原氏の(祖鎌足から代々続く摂政関白となるべき家柄の)君達が、武家が任じられるべき将軍に取って代はるといふことであらうか」と言はれた。またある僧がおりふしやって来て申すには、「神様といふものは仏菩薩が光を和らげ姿を変へたものであり、その手段はまちまちであるから、ある時は俗人である様にも見えるし、またある時は女神ともなられるものだ。まことに厳島の大明神は女神とは申しながら、過去・現在・未来を知る知恵にも六道衆生の声を聞くことにも霊験あらたかな神様でゐらっしゃるから、俗人のかたちをとって現れることもありえないことではない。」と言った。成賴の様に高野に入り、憂き世をいとひ誠の道に入ったものは、ひたすら後世菩提のことを念じて、他のことには関心もないはずではあるのだが、それでも善政を聞いては感じ、愁を聞いては嘆く。これは皆人間の習ひであることだ。

夕暮れ。あとで夜の散歩に出てみたが、曇って中秋の名月は見えなかった。