平家物語「卒塔婆流 2」

2021-07-15 (木)(令和3年辛丑)<旧暦 6 月 6 日> (大安 甲子 九紫火星) Ragnhild Ragnvald    第 28 週 第 26451 日

 

康頼入道は望郷の思ひのままに、不十分ながらの思ひつきではあったけれども、千本の卒塔婆を作ることにした。卒塔婆といふのは、上部が塔の形になってゐる細長い板のことである。その板に、梵字(古代インドで使はれた文字)や年号・月日・俗称と実名、二首の歌を書いた。

さつまがたおきのこじまに我ありと親にはつげよ八重の潮風

思ひやれしばしと思ふ旅だにもなをふるさとは恋しきものを

このように書いた板を持って海辺へ行き、「南無帰命頂礼、梵天帝釈、堅牢地神、鎮守諸大明神、ことには熊野権現厳島大明神、せめて一本だけでも都へ伝へてください」とお願ひして、沖つ白波の寄せては返るたびごとに、卒塔婆を海に浮かべたのであった。卒塔婆ができると、その都度海へ行ったので、日数がつもれば卒塔婆の数もつもり、康頼の一念が順風になったといふことであろうか、それとも神仏が送ってくださったのであろうか、千本の卒塔婆のうちの一本が、安芸国厳島大明神の御前の渚にうちあげられたのであった。

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今日も30℃の暑さであった。