平家物語「少将都帰 5」

2021-12-11 (土)(令和3年辛丑)<旧暦 11 月 8 日 赤口 癸巳 四緑木星)上弦 Daniel Daniela 第 49 週 第 26610 日

 

成経が花の下に寄ってこの古い詩歌を口ずさむと、折が折でもあり康頼入道もしんみりとなって、墨染の袖を濡らすのだった。日が暮れるまでと思って出発を待ってゐたのだけれども、あまりにも名残惜しいものだから夜が更けるまでそこにゐることになった。荒れたる宿の習ひで、夜が更けるにつれて、古き軒の板間より漏れ来る月の光にはくもりもない。時が過ぎて鶏篭の山(山村の暁の風景を中国の山に例へて表現してある)明けなんとすれども、家路は改めて急ぐまでもない。けれどもかうしてばかりもゐられない、迎へに乗り物などを寄越して待ってゐる家のものをいつまでも待たせておくのも心ないことである。泣く泣く洲濱殿を出発することになった。いよいよ都である。都に帰り入る時のその心のうちや、どんなにかあはれにも嬉しくもおありだったことだろう。康頼入道にも迎への乗り物が用意されてきたのだが、康頼はそれに乗らずに、「今になって改めてなんと名残の惜しいことよ」と言って、少将の車の尻に乗って、七条河原まで行った。そこで別れたのだが、なかなか「ハイさようなら」とは別れられない。人は花の下で半日一緒にゐただけでも、月を愛でるのに一夜の友となっただけでも、あるいは旅人がひと村雨の過ぎるのを待つのに一樹の陰に立ち寄っただけでも、別れる時には名残惜しいものだ。ましてやこのふたりの場合には、つらかった島の暮らし、船のうち、浪のうへの、時を共有してここまで来たのである。前世になした同じ宿業によって同じ報いを受けたものであろうか。先世の縁も浅からず思ひしられたことであったろう。

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町の Stora Torget クリスマスの雰囲気もあった。