平家物語 巻第五 「文覚荒行 2」

2023-11-19 (日)(令和5年癸卯)<旧暦 10 月 7 日>(仏滅 辛巳 七赤金星) Elisabet Lisbet   第 46 週 第 27312 日

 

文覚は熊野へ行った。那智に籠らうとしたが、修行の小手調べに、あの有名な那智の滝に打たれてみようとして、その滝のもとへ行った。頃は12月10日あまりのことで、、雪が降り積もり、氷も張り付いて、谷の小川には音も聞こえず、峯の嵐は吹き凍り、滝の白糸は氷柱になってゐる。一面は真っ白で、どこに梢があるのかもわからない。そんな中に文覚は滝壺に降りて行った。首の際まで浸かって、不動明王の呪を願の数を満たすまで唱へようとした。二、三日はなんとかクリアしたが、四、五日にもなると、こらへきれずに、文覚は浮き上がった。数千丈みなぎり落ちる滝であれば、どうして耐へられるだらう。ざっと押し落とされて、まるで刀の刃の様に厳しい岩角の中を、浮きぬ沈みぬ五、六町も流された。すると、可愛らしい童子がひとり現れて、文覚の左右の手をとって引き上げた。居合わせた人らは不思議なこともあると思って、火を焚き、あぶったりなどすると、もともと業によって死ぬと決まってゐた命ではないので、ほどなくして生き返った。文覚は少し人心地がついてくると、大のまなこをいからせて「私はこの滝に三七日打たれて不動の呪を三十万べん唱へようとする大願があるのだ。今日はまだ五日でしかない。七日だにも過ぎないといふに、いったい誰がここへ連れてきたのだ」と怒り出すので、人々は身の毛もよだって何もいふことができなかった。文覚はまた滝壺に帰って修行を続けるのであった。

昼には青空ものぞいたが、夜は雪になった