平家物語 巻第五 「文覚被流 3」

2023-12-20 (水)(令和5年癸卯)<旧暦 11 月 8 日>(赤口 壬子 三碧木星)上弦 Israel Moses    第 51 週 第 27343 日

 

源三位入道(源頼政)の嫡子仲綱はその頃伊豆守であった。彼は文覚を伊豆国へ下すのに、東海道より船でやれと命令した。庁のしもべが3人ついて行くことになった。彼らは文覚に言った。「庁のしもべの習慣として、罪人の護送には自然とえこひいきがあるのです。どうです、坊さん。これほどのことにあふて遠国へ流されるのに、誰か知人はゐないのですか。土産や食料などを送ってもらひなさい。」文覚は答へた。「そんなことを言ってやる知り合ひなどゐないよ。いや待てよ、ああ、さうだ。東山の辺にゐるな。さういふことなら手紙を書くかな。」すると庁のしもべはえたいのしれない紙を探してきて文覚に与へた。文覚は「こんなボロ紙にものが書けるか」と投げ返した。それなら、と言って、今度は厚めの鳥の子紙を持って来た。文覚は笑って言った。「法師はものを書くことができぬぞ。お前たちが書くのだ。」こんな風に書けと言って「文覚は高雄の神護寺造立供養のこころざしあって、勧進に回りましたが、法皇様のところで、所願が成就しなかったのはまあ良いとしても、牢屋に入れられ、その上伊豆国流罪にされるのです。遠路ではあり、土産や食料なども大切です。どうぞこの使ひに与へてやってください。」と言ふと、庁のしもべは言はれる通りに書いて、「して、誰殿あてと書くのかな」といふので、「清水の観音坊へと書け」と答へた。「庁のしもべをばかにするのか」と言って怒りだした。文覚は落ち着きはらって「さうは言ってもな、文覚は観音をこそ深く頼み奉ってゐるのだよ。他の誰にこんなことを頼まれるかね」と言ふのだった。

Nyköping 町の中心部の広場に飾られたクリスマスツリー。