平家物語 巻第五 「文覚被流 4」

2023-12-21 (木)(令和5年癸卯)<旧暦 11 月 9 日>(先勝 癸丑 二黒土星) Tomas    第 51 週 第 27344 日

 

文覚たちの乗った船は伊勢国阿濃の津(今の津市)より出発した。遠州灘にさしかかった時、にはかに大風が吹き、大浪たって、この船がひっくり返りさうになった。船頭たちはなんとかして助からうと努力したけれども、波風はますます激しくなるばかりであった。あるものは観音の名号をとなへ、あるものは臨終時の念仏をとなへた。けれども文覚は「大変なことになったな」とも思はないで、高いびきをかいて寝たままである。「いよいよもうこれでもう最後かな」と思はれた時、かっぱと起き上がった。舳先に立って沖の方を睨み、大音声を張り上げるのだった。「龍王やある、龍王やある。これほどの大願をもった聖が乗った船なのに、なぜひっくり返さうとするのか。ただいま天の責めを受けるであらう龍神どもかな」と叫んだ。するとそれが効いたのか、まもなく波風は静まって、伊豆国に着いた。文覚は京を出た日から心に決めてゐたことがある。「都に帰って高雄の神護寺造立供養がならないうちは、私は死ぬことはないであらう。もしその願がむなしいものならば、道にて死ぬであらう」ずっとそんなことを思ってゐたのである。京より伊豆へ着くまでの間、順風でない日ばかりであったので、浦づたひ嶋づたひして、31日の間、まったく食べなかった。それでも気力は少しも劣らず、おこなひも平常と変はらなかった。まことにただ人ともおぼえぬ事が多かった。

Nyköping 川。昨日町を歩いた時に。