平家物語 巻第五 「朝敵揃 2」

2023-10-17 (火)(令和5年癸卯)<旧暦 9 月 3 日>(大安 戊申 四緑木星) Antonia Toini   第 42 週 第 27279 日

 

今でこそ王位もむげに軽く見られてしまふ世の中になってしまったけれども、昔はこんな風ではなかった。昔は宣旨(天皇の命令を伝へること)が重かったから、「これは宣旨であるぞ」と言へば、枯れた草木にも花が咲き実がなったものだ。また、飛ぶ鳥も従ったものだ。そんなに遠い昔のことでもないが、延喜の帝(醍醐天皇)が神泉苑(二条の南、大宮の西にあり(京都市中京区)桓武天皇以来代々の御遊覧の庭園であった)に行幸なさった時、池のみぎはに一羽の鷺がゐた。帝は六位の蔵人を召して「あの鷺を取って参れ」と仰られた。蔵人はそんなの無理ですよと心の中で思ったけれども天子のお言葉であったから鷺のゐる方へ近づいて行った。鷺は羽づくろひしてまさに飛び立たうとした。そこで「宣旨ぞ」と声をかけると、地に伏して飛び去らなかった。それでその鷺を取ることができて、帝の元に持って参った。「なんぢが宣旨に従って参ったのは神妙であるぞ。五位になせ」とお言葉があり、鷺を五位になされた(五位鷺の名前の謂はれはここにありとの説あり)。「今日より後は鷺の中の王たるべし」といふ札を作って首にかけてお放ちになった。これは全く鷺がご入用であったのではなく、ただ天皇の権威を人々に知らしめるためであった。

散歩道の秋