平家物語 巻第四 「通乗之沙汰 1」

2023-04-24 (月)(令和5年癸卯)<旧暦 3 月 5 日>(先勝 壬子 一白水星) Vega  第 17 週 第 27103 日

 

高倉の宮には、奈良にも若宮が居られた。養育係であった讃岐守重秀が御出家のお世話をして、その重秀と一緒に北国へ落ちて行かれた。ところが後に木曽義仲上洛の時に、錦の御旗を掲げる名分のため主になってくださいと担ぎ上げられて、都に上ることになった。都で木曽義仲の手で御元服させられたので、木曽が宮と呼ばれることになった。また、僧が俗人に還ったことになるので、還俗の宮とも呼ばれた。さらには、後になって嵯峨の北の山辺にある野依に渡られたので野依の宮とも呼ばれた。(ネットで調べると、この他に、北陸宮とも加賀宮とも呼ばれたことが書いてあった。以仁王の第一王子とされる。さびしい御生涯であったかもしれない。手元にある「でかMAP京都」では「野依」の地名は確認できなかった。五山送り火の「鳥居形」のあたりかなと想像してゐる。)

気圧低く曇り空。肌寒い感じもあった。