平家物語「足摺 2」

2021-08-27 (金)(令和3年辛丑)<旧暦 7 月 20 日> (友引 丁未 二黒土星) Rolf Raoul 第 34 週 第 26494 日

 

そのうちに、丹波少将と康頼入道の二人が帰って来た。少将が手に取って読んでも、康頼入道が読んでも、二人と書かれてあるだけで三人とは書かれてなかった。夢にならばこんなこともあるだろう。しかし、夢だと思はうとするとやはり現実だ。現実だと思へばまた夢のように思はれてくる。その上、二人のもとへは、都からことづかった手紙がいくらもあるのに、俊寛僧都のもとへは、一通の手紙もないのだった。「そもそも我ら三人は同じ罪だ。配所も一つ所だ。どんな理由があって赦免の時、二人は召し返されるが一人はここに残るべし、なんてことが起こるだろう。平家の思ひ忘れかや。書記の書き間違へか。これは一体何とした事ぞ。」と言って、天に仰ぎ地に伏して泣き悲しんだのだが、もうどうにもできなかった。少将の袂にすがって、「俊寛がこんな風になったのも、もとはと云へばあなたの父、故大納言殿がよしなき謀反を企てられたからだぞ。だからだから、あなたは自分に無関係のことと思ってはならないのだ。赦免がないから、都までとは言はない。この船に乗せて、九州まで連れて行ってくれ。あなたたちがここに居るからこそ、春はつばくらめ、秋はたのむの雁が訪れるように、自然に故郷のことを伝へ聞いたりできたのだよ。今から後はどんな思ひで聞くことができようぞ。」と言って悶え焦がれた。少将は「あなたのお気持ちはよくわかります。私たちが召し返される嬉しさはさることながら、あなたのご様子を目にした私には、どこをどのように帰るべきかわかりません。私の気持ちとしては、あなたを船に乗せて一緒に都に上りたいところですが、都から来た御使ひもそれはならぬと言ひます。許可もないのに三人揃って島を出たなどと後で分かれば大変なことになります。成経がまづ罷り上って、人々ともよく相談し、入道相国のご機嫌も伺って、迎への人を差し向けるようにしませう。それまでの間は、今までここに暮らしてゐたように、じっと我慢してお待ちなさい。何としてもお命は大切ですから、今回は赦免に漏れてしまったけれども、ついには許されないことなどないはずです。」と慰めたのだが、俊寛は人目もはばかることなく泣き悶えるのであった。

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ここ数日はよく雨が降る。