「交雑する人類」を読む

2019-08-31 (土)(令和元年己亥)<旧暦 8 月 2 日>(先負 庚子 三碧木星) Arvid Vidar 第 35週 第 25769 日

 

副題として「古代DNAが解き明かす新サピエンス史」とある。著者は David Reich / 日向やよい訳。半ば化石化した人骨からDNAを取り出して解析する、いはゆる古代DNA解析技術は、最近になって格段の進歩を遂げた。その解析結果に基づいて描き出される何万年の人類の歴史は、これまでの考古学では知ることのできなかった事実を次々に打ち出しつつあるといふ。例へば、古代ヨーロッパの狩猟採集民は、ミトコンドリアDNA のあるタイプを持つが、その後を継いだヨーロッパ最古の農耕民は持たない、とか専門的な解説がたくさん出てくる。ブリテン島のストーンヘンジの列石群を建てた人々はその後数百年もしないうちに移動してきた人々に侵略されて滅んでしまった。何千年も前の古代の集団は地上を大規模に移動し、混じり合った。そのダイナミックな変遷が時系列に沿って描き出される。戦争は大昔からあった。人々の間の不平等もあった。男女間の差別はどの様にして生まれたかを彷彿とさせる記述もある。アメリカ先住民はヨーロッパからの侵略を受けて滅んだ。現代のDNA解析によって、過去に滅んでいった人たちの存在に光が当たる可能性が大きいのだが、アメリカ先住民の末裔には近代文明に対する根強い反感があり、上手いこと言ってまた我々を騙すのだろうと解釈して、なかなか試料を提供してもらへない一面があるといふ。また、DNA 解析のデータそのものは客観的だが、その解釈をめぐってはヒトラーみたいな偏見を持つ人に好きな様に解釈されかねない危険と隣り合はせの一面もある。その点について、この本の著者は誠に尊敬すべき卓見を随所に載せてゐる。「ユダヤ人は頭が良い」とか、「西アフリカ人は短距離走に強い」とか、集団の違ひが囁かれることがある。しかし、私たち個人はその様な見解に左右されてはいけない。個人間の違ひは集団の持つ特性以上のものを持つと知るべきである。個人をそのグループの想定上のステレオタイプで判断してはいけない。現代の地球上に住む人々は、太い幹から枝分かれしたのではなく、何千年、何万年にもわたるダイナミックで多様な混ざり合ひの結果できたものであるといふ。「人種差別はいけません」その様なスローガンを表面的に思ひ込んで来た僕ではあるが、心の深いところでは差別を意識してしまふことが多かった様に思ふ。それが打ちのめされる様な一冊であった。

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家から見る夕陽