平家物語 巻第五 「月見 4」

2023-09-08 (金)(令和5年癸卯)<旧暦 7 月 24 日>(赤口 己巳 七赤金星)白露 Alma Hulda    第 36 週 第 27240 日

 

そんな風にして時が過ぎ行くうちに夜も明けた。大将は「これでおいとまします」と言って、福原へ帰られるのだった。帰途の途中でお供をしてゐた蔵人を呼んで「あの侍従は別れ際にとても名残惜しさうであったな。お前が行って何とでも言って参れ」と命じられた(この蔵人とは新拾遺集八によれば藤原経尹であると注記にあり)。蔵人は走り帰って「ご挨拶申せと實定の卿からのお言ひつけでございます」と言って、歌を詠んだ。

物かはと君がいひけん鳥のねの今朝しもなどか悲しかるらむ

(あなたはものの数ではないとお詠みになった鳥の音ではありますが、その鶏の声が今朝の別れではなぜにこれほど悲しいのでせうか)小侍従は涙を抑へて歌を返した。

待たばこそふけゆく鐘も物ならめあかぬ別れの鳥の音ぞうき

(もし人を待つ身でふけゆく鐘の音を聞くのならつらいものですが、昨夜の様な風流な遊びを物足りないままでやめさせる鳥の音こそつらいものです)。蔵人は帰ってこのことをお話しすると、大将は大いに感激、満足された。「だからこそあなたに行ってもらったのだよ」と言はれた。このことがあってから、この人は「物かはの蔵人」と呼ばれる様になった(鎌倉時代の説話集「今物語」では「やさし蔵人」の名で有名になってゐる)。

家へと続くゆるい坂道