平家物語 巻第四 「鵼 4」

2023-05-13 (土)(令和5年癸卯)<旧暦 3 月 24 日>(友引 辛未 二黒土星) Linnea Linn  第 19 週 第 27122 日

 

今夜も御脳の刻限が来た。日頃から人の申してゐた通りに、東三条の森の方より黒雲ひとむら立ち来て、御殿の上にたなびいた。頼政はその雲をきっと見上げた。すると雲の中に怪しき物の姿があるではないか。これを射そんじでもしたら俺はもうこの世に生きてゐない。さう心に決めて矢を取ってつがひ、南無八幡大菩薩と心のうちに祈念して、よっぴいてヒョウと射る。手応へがあってはたと当たる。「やったぞ」と歓声を上げた。井の早太はサッと走って行って落ちたところを取って抑へて、続けざまに刀で九へん刺した。この時上下の公卿たちが手に手に火をともしてこれを見れば、頭は猿、胴体はたぬき、尾はへび、手足は虎といふ化け物であった。鳴く声は鵼(トラツグミ)に似てゐた。恐ろしいことこの上ない。主上近衛天皇)御感のあまりに獅子王といふ御剣を下さることになった。宇治の左大臣殿(藤原頼長)がその御剣を取り次いで頼政に授けやうと、紫宸殿の正面の階段を半分ほど降りかかった。ころは四月十日あまりのことであったので、雲井に郭公が、二声三声鳴いて通った。それで左大臣殿は

ほととぎす名をも雲井にあぐるかな

と語りかけられた。すると頼政は右の膝をつき、左の袖をひろげ、月をすこしわき目に見ながら

弓はり月のゐるにまかせて

と応じた(弓張月が入ったのにまかせて私はいい加減に弓を射たにすぎません)。そして御剣をいただいて退出した。「弓矢を取って並びなきものであるだけでなく、歌道にも優れたお人であることよ」と言って君も臣も感心された。ところで、その化け物は丸木舟に乗せて川に流されたといふことである。

我が家の庭にチューリップが一本咲いた。球根をそこへ植えた覚えはないのだが。