平家物語 巻第四 「信連(のぶつら) 3」

2022-09-23 (金)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 28 日>(大安 己卯 六白金星)秋分 Tekla Tea Höstdagjämning 第 38 週 第 26890 日

 

治承4年(1180年)5月15日、十五夜の月明かりの夜も更けて、日付が変はらうとする深夜零時頃であらうか、宮の御所は騒がしくなった。源大夫判官金綱、出羽判官光長をはじめとしてその手勢三百餘騎が押し寄せて来たからである。源大夫判官金綱は、源頼政の子で、この御謀反のことをあらかじめ知ってここへ来たものだから、自ら踏み込むことを躊躇はれたか、門の外の離れたところで様子を見ることにした。出羽判官光長は馬に乗ったままで門の中へ入り、庭に立つと大音声をあげて言った。「高倉の宮が謀反を起こされるといふ噂があるので、検非違使別当の命令を受け、お迎へに上がりました。急いでお出ましください。」長・兵衛尉は大床に立って答へた。「宮様はただいま御所にをられません。御参詣に行ってらっしゃいます。この物々しさは何事ですか。ことの次第を申されよ。」光長は「何を言ふか。この御所でなくてどこにをられるわけがあらうか。をられないとは言はせないぞ。者ども、参って探したてまつれ」と言った。長・兵衛尉はこれを聞いて「わけのわからぬ役人どもの申しやうかな。馬に乗りながら門のうちへ入ってくるだけでも奇怪なことであるのに、手下どもに参って探しまいらせよとは、何を言ふぞ。左兵衛尉長谷部信連であるぞ。近う寄って怪我をするな。」と言った。検非違使庁の下役人の中に金武といふ力持ちの剛の者がゐて、長・兵衛を目がけて、大床の上に飛び登った。これを見て、手下ども十四、五人が続いた。長・兵衛は狩衣の帯紐をひっ切って捨て、衛府の太刀(戦ふためといふより、華美な装飾的な刀)ではあったけれども、刀の身を特に念を入れて作らせておいたものを抜いて、思ふ存分切りまくった。相手は大太刀・大薙刀で振舞ったけれども、信連の装飾用の太刀に切りたてられて、嵐に木の葉の散るやうに、庭へサッと舞ひ降りた。

散歩道の路上に舞ひ降りた一葉の枯葉。