平家物語「少将都帰 4」

2021-12-10 (金)(令和3年辛丑)<旧暦 11 月 7 日 大安 壬辰 五黄土星) Nobeldagen Malin Malena 第 49 週 第 26609 日

 

丹波少将藤原成経と康頼入道は大納言成親のお墓参りを済ませると備前児嶋を後にして、再び都をさして旅を続けた。そして、3月16日に鳥羽に着いた。ここまで来れば都はすぐそこである。しかし、ここを素通りするわけにはいかない。この地には故大納言殿の山荘、洲濱殿(すはまどの)があるからだ。鳥羽に着いたのはまだ日の明るいうちであった。早速、洲濱殿を尋ねると、住みあらして年が経ってゐるので、築地(ついじ。瓦の屋根のついた土塀)はあるけれども覆いもなく、門はあるけれども扉もない。庭に立ち入って見れば、人跡耐えて苔が深い。池のほとりを見まはせば、秋山の春風に白波しきりに織りかけて紫鴛白鷗が逍遥するといった風情である。こんな風景に興じた父が恋しく思はれて、涙がとめどなく溢れてくるのだった。家はあるけれども欄門(透かし模様のある門)は破れて、蔀、遣り戸も全くない。「ここには父上はこんな風にゐらっしゃったかしら、この妻戸をこんな具合に出入りなさったかな、あの木はみづからお植えになったのかも」などと言って、一言一言すべてに父への恋しさをこめて言ふのであった。弥生の中旬の六日であるので、花はまだ名残がある。楊梅桃李の木々の梢こそ、春といふ季節を心得たような面持ちである。昔のあるじはなけれども、春を忘れぬ花なれや。少将は花の下に立ち寄って朗詠した(和漢朗詠集・菅原文時の詩と後拾遺集二・出羽弁の歌)。

 

桃李不言春幾暮 煙霞無跡昔誰栖

ふるさとの花の物いふ世なりせばいかに昔のことをとはまし

 

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雨の散歩はつまらない。雪と水が混ざった道は滑りやすいので気をつけて歩いた。