格差社会は解消できるか

2021-10-22 (金)(令和3年辛丑)<旧暦 9 月 17 日> (先勝 癸卯 九紫火星) Marika Marita 第 42 週 第 26550 日

 

格差社会が一段と広がって、お金持ちの子達だけが高い教育を受けられる社会になってしまった。競争システムは本来公平な筈だが、その競争に勝つためには、お金持ちの家に生まれなければ望みは薄い。お金持ちの子はエリートコースを歩んでまたお金持ちになり、それでますます、格差社会は広がる一方である。このような論調をネット上で時々見かける。格差社会はなくした方が良いと僕も思ふが、それは大人の側の論理であって、このような考へがあまりに社会に浸透し、子供たちの耳に達すると、子供たち自身が、僕ではダメなんだと、初めから希望の旗を下ろしてしまふことにならないだろうか。そもそも、本来、教育にお金はかからないものだと僕は思ふ。お金を注ぎ込まなければ得られない知恵といふのはどこか偽物臭い。幸運にして高い教育を受けることができた人には、そのような負目といふか自制の心がなければならないと思ふ。どんな社会に生まれ落ちたとしても、自分とは何であるのか、自分にはどのような性質が備はってここに生まれてきたのか、自分はこの社会でどのような生き方をすれば良いのか、といふようなことを繰り返し自分に問ひかけることこそ大事なのではないか。それは本人自身でなければ意味のない、とても個人に固有な思考であると思ふ。何も高度な知識を身につけることだけが勉強ではない。このような考へを子供たちにわかってもらふことこそ、迂遠なようではあるが、格差社会を解消する糸口になるのではないかと思ふ。

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秋の夕暮れ