谷崎潤一郎 「細雪」

月 旧暦 2月7日 友引 癸未 八白金星 Edvard Edmund V12 23414日目

家には文庫本があちこちに散在している。少し整理をしようかと考えてそれらをまず一箇所にまとめてみようかと作業を始めたら谷崎潤一郎の名作「細雪」が出てきたので、作業を中断してそれを読んだ。1930年代の芦屋あたりを舞台にした、斜陽しつつある名家の姉妹たちをめぐる物語である。お見合いの話がたくさん出てきたり、僕らの年代の人間には自分の体験から想像できる場面が多いが、この頃はあまりにも社会の変化が大きいので、今の若い人にはこの小説はもはや古典であるかも分からない。この時代にはまだ家にお手伝いさんがいることがある程度一般な時代であった。人々の身分に違いがあるのはある程度当たり前にみなされる時代でもあった。東京、大阪、京都などの土地柄の違いについても特徴が良く分かるように書かれている。中でも何より感心したのは手紙や作文などが随所にふんだんに織り込まれていることであった。谷崎は確か「文章読本」も著していたと思うが、一小説家として、つづり方のお手本を人々に示さなければならないという、自負の念というか、責任感がひしひしと伝わって来て、ああ、小説家はいつの時代でもその時代のつづり方、会話のあり方の先導者でなければならぬものだと改めて感じたことだった。あの小説は、戦時の統制の厳しい中、出版を禁じられた状況の中で谷崎が書き上げた小説で、彼自身、どれだけの数の読者を想定して書いたのであるかは分からない。その意味でも平和を謳歌し、文運隆盛を極める現代の感覚でもってこの本を読んでは非常に大事な何かを読み過ごしてしまいそうな気がする。