電気自動車の給電スタンド

2022-09-18 (日)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 23 日>(赤口 甲戌 二黒土星)下弦 Orvar 第 37 週 第 26885 日

 

電気自動車の普及に伴って、町に給電できる場所が増えてゐる。一応は良いことであるのだらうけれども、これまで普通の自動車が駐車できた場所に給電スタンドができると、その場所は給電が必要な車両のための場所となるので、ガソリン車は駐車できないことになる。駐車できる場所が少なくなるのである。だんだんとガソリン車は除け者にされていく感じがある。ちょっとその動きが急すぎるのではないかと思ふ。電力供給が追ひつかなくて、もう少しハイブリッド車を見直さうといふシナリオはないのだらうか。ガソリン車を禁止することで、脱炭素社会に向けて、やってる感を出さうとしてゐるだけの様にも感じられる。今日は自動車で Stockholm へ行ったのだが、駐車できる場所を探すのはいつも課題である。Ellen Key の公園でベンチに座ってボーッとする時間があった。秋の日差しがやさしくて、ちょっと良い時間であった。

Ellen Keys Park から Engelbrektskyrkan を望む

 

Håll Sverige Rent dagen

2022-09-17 (土)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 22 日>(大安 癸酉 三碧木星) Hildegard Magnhild 第 37 週 第 26884 日

 

スウェーデンでは Håll Sverige Rent dagen で、「スウェーデンを綺麗にしませう」といふ日である。僕は毎日散歩に出る時には、火ばさみとゴミ袋を持って出る。歩く途中に気になるゴミを見つけたら拾ってゴミ袋に入れ、途中にある公共のゴミ箱にそれを捨てることにしてゐる。ほぼ毎日これをやるので、いつもの散歩コースにはあまりゴミが落ちてない。それで今日はいつもとは違ふ道を歩いてみた。スウェーデンの良いところは公共のゴミ箱がいたるところに置かれてあることだ。といふ事はそのゴミ箱を回収する人たちがゐるといふ事でそれだけお金がかかってゐる。日本の公園などではあまりゴミ箱を見かけない気がする。防犯上の理由もあるのかもしれないが、拾ったゴミを捨てる場所がなくて、結局家へ持ち帰って自分の家庭のゴミとして出さないといけなくなるのが不便だ。公共のゴミ箱を設けると、家庭のゴミをそこへ持ち込む人が現れるからゴミ箱を置かないのかもしれない。地球の気象変動の原因は温室効果ガスの影響によるものばかりでなくて、大気や水の汚れからくる部分もあると思ふ。少しでもこの地球を汚さない様にしようと思って僕は毎日散歩の時にゴミ拾ひをする。 Håll Sverige Rent dagen はスウェーデンだけの活動かと思ってゐたら、世界的にも今日は World Cleanup Day といふ事であったらしい。日本でもこの様な活動はあるのかしらとネットで調べたら、江ノ島の海岸のあたりでその様な活動があった様である。全国的にやると良いと思ふ。

散歩の途中にキノコも見かける様になった

 

有名人の持ち物

2022-09-16 (金)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 21 日>(仏滅 壬申 四緑木星) Dag Daga 第 37 週 第 26883 日

 

アメリカのバイデン大統領とか、ロシアのプーチン大統領とか、その他色々な政治家たちが飛行機から降りてくる姿がテレビのニュースなどで流れることがある。いつも不思議に思ふのは、あの人たちは両手に何も持ってゐないことだ。スーツはスラッとしてゐて、そのポケットには何も入ってない様に見える。スマホやチリ紙やハンカチはどこにあるのだらう。ああいふスタイルでテレビに映るのも人々に良い印象を与へるためのパーフォーマンスなのかもしれないが、いつも不思議に思ふ。先日亡くなられたエリザベス女王は、今日の朝日新聞デジタルによると、ハンドバッグを肌身離さずお持ちになったさうである。バッグの中には、飼ひ犬のおやつや、新聞から切り取ったクロスワードが入ってゐたとかも書かれてあった。さらには、ハンドバッグをもう一方の手に持ち替へた時にはしかじか、またテーブルに置いた時にはしかじか、といふ風に、まるで野球のコーチが選手に向けて出すサインの様な役割もあった様なことが書いてあって、そんなものかと思った。有名人ではなくて身近な人でも身軽な人がある。台所の窓からボンヤリと外を眺めると、近所の人が出かけるのが見える。決まって手に何も持たずに外出する人がゐて、カッコいいなと思ふ。僕は外出する時に、どうしても持ち物が多くなってしまふ。子供の時から少年探偵団の七つ道具だとか言って物を持ち歩いた癖が治らないのだ。話は全く飛ぶけれども、僕がまだ仕事をしてゐた頃、日本のお客様のオフィスで打ち合はせをした時、何気なくチラと腕時計を見てしまったことがある。感じの速いお客様は、僕が急いでゐるのだと解釈して先を急がれた。心ならずもお客様を急がせることになってしまって、いまでもあの時の挙措を反省することがある。

台所の窓から見える秋の色

 

ピアノの調律

2022-09-15 (木)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 20 日>(先負 辛未 五黄土星) Sigrid Siri 第 37 週 第 26882 日

 

ピアノの調律を頼んであった日で、調律師さんが来られるので、その前にピアノの周りを少し掃除した。年に1回調律を頼むことにしてゐるのだが、今日までの1年はあまりピアノに触ることもなかった。使はないピアノなら調律しなくても良いではないかといふ考へもあるが、調律せずにおくと、ピアノがだんだんと置物になってしまふ。それで今年も調律をお願ひした。指を使って鍵盤を叩くのは老化防止に良い様な気がするし、楽譜を見て音を出してみるのも頭の体操になる気がする。少しやりたいのだが、欲張って毎日の日課のアイテムを増やすのもいけないとも思ふ。ほんの少しの時間でも、毎日続けるとなると結構大変になるものだ。調律師さんは「良いピアノだね」としきりに言ふ。それが、お世辞の様には聞こえなくて、本当に感心した様に、感じの良い褒め方をしてくれるのだ。「スウェーデンに引っ越した時に日本から運んだのですよ」といふと驚いた様であった。もともと同居人が持って来たピアノであったのだが、今は二人で代はりばんこに使ふ。僕もとても良いピアノだと思ってゐる。

人間の世界はデジタル化が進んだが、秋はやはりアナログでやって来る。

 

中学時代の修学旅行

2022-09-14 (水)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 19 日>(友引 庚午 六白金星) Ida Ronja 第 37 週 第 26881 日

 

中学時代の修学旅行では福井から東京へ、夜行電車に揺られて行った。季節は春であった。12時間ほどかかったのではないかと思ふ。気の長い時代であった。当時は個人で旅行をする家庭はあまりなかったと思ふので、学校から団体で旅行を企画してもらへるのはありがたかった。今の時代では想像もできないが、旅館にチェックインする時に、家から持参した、確か1合のお米を集められた記憶がある。もう食糧難の時代ではなかったのだが、そんな名残があったのだ。東京に向かふ汽車は蒸気機関車に引かれて行った。静岡県あたりだらうか、工業地帯を通る時、まだ夜なのに空がボーッと明るくて工場が煙をはいてゐたのを見た。生まれた町にはない産業の振興を感じたものだった。しかし、その頃には公害防止対策といふ意識を誰も持ってゐなかったと思ふ。汽車が東京に近づいた頃、僕は窓の外を少し注意して見た。明治時代に、モース博士は動く汽車の窓から、貝塚の跡を発見したといふ話を聞いてゐたので、それはどこだらうと興味があったのだ。残念ながら、僕には貝塚の跡は確認できなかったが、大森貝塚と書かれた石碑があったのが目に入った。感激であった。後年になって、東京で生活した頃、京浜東北線東海道線などに乗っても、そんな目で窓の外を眺めたことはないので、いまでもあの石碑があるのかどうか、よく知らない。修学旅行では東京に着いたその日のうちに羽田空港見学もあったと記憶してゐる。広い飛行場も感激であった。何日目かに、箱根のあたりまで行った。芦ノ湖畔におばさん風の外人さんがゐて、当時の僕には珍しかったので、英語で声をかけてみたら、真面目に返事をしてくれて、ほんの一言、二言なのだが話ができたのは嬉しかった。今はもうあんな勇気はないな。あの時代はまだ新幹線もなかったし、不便ではあってものんびりした良い時代であったなと思ふ。

梢の高いところに夕陽がさして

 

スウェーデンの選挙の結果

2022-09-13 (火)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 18 日>(先勝 己巳 七赤金星) Sture 第 37 週 第 26880 日

 

日曜日のスウェーデンの選挙の結果では Sverigedemokraterna が大きく票を伸ばした。一番得票数の多かった政党は依然 Socialdemokraterna であるけれども、Sverigedemokraterna は躍進して2番目に多い得票数を獲得した。それぞれの政党が単独で政治をするといふよりも、いくつかの党の連立で政治が動く。日本で言へば自民党公明党が連立政権になったのと同じ様なものかなと思ふ。これまで与党としてやってきた Socialdemokraterna の属する左派のグループは、票を伸ばした Sverigedemokraterna の属する右派のグループに負けた。その差は今日の新聞では174 対 175 で、極めて拮抗する結果であった。右派が強くなった背景には、移民が増えたことで(?)銃犯罪などが増えたことが影響してゐるといふ話も聞く。また、調査によると若い人たちの多くが右派に投票した傾向があるらしい。右派の人たちには、EU とあまりに一体にならずに距離をおいて、スウェーデン独自の道を行きたいといふ方針があるのだと思ふ。他の国との行き来は少なくなるかもしれない。自国をまづ重んじようとする昨今の世界的な傾向がスウェーデンでも現れた様な印象を受ける。今回の選挙結果が、外国人である自分の身近なところで、これからどの様に影響が出てくるのかは分からない。根拠はないのだが、スウェーデンでも貧富の差がさらに大きくなってしまはないかなと、心のどこかで心配してゐる。

雨の多い一日であったが、止み間に買物に行ったりした

 

BGM

2022-09-12 (月)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 17 日>(赤口 戊辰 八白土星) Åsa Åslög 第 37 週 第 26879 日

 

僕は割と音楽をかけながら生活する方である。でも、ヘッドフォンやイヤフォンはつけない主義である。それで、机上の小さなスピーカーから流れ出る音を聞きながら生活する。Sverige Radio の 「P2」 はクラシックの曲を流してくれるので、これをかけっ放しにする事が多い。時々お気に入りの曲が流れると元気がでる。「P2 språk & Musik」といふ局もあって、時間によっては 「P2」と違ふ番組がかかる。こちらではフィンランド語の放送が聞こえることもあり、ちょっと哀愁を帯びたような、演歌を思はせる様な曲が流れることもあって、そんな時はよく耳を傾ける。自動車で Stockholm へ行くときは、ラジオではなくSpotify のアプリを自動車のスピーカーに無線で繋いで聞く。行きには聞かないのだが、帰りにはそれを聞く。この時はもっぱら日本の昔の歌謡曲を聞く。Spotifyスウェーデン発の企業だが、日本の昭和の歌謡曲などが割と揃ってゐる。昭和の歌謡曲には名曲が多いと思ふ。令和の今も名曲は生まれてゐるのかもしれないが、情報がたくさんありすぎて、どんな曲が流行ってゐるのかよくわからない。昔は「歌は世につれ、世は歌につれ」と言ったものだが、この頃はどうなのだろう。僕は「世につれる歌もなくして年の暮」と詠んだ年末もあった。たまに昔の曲を聞くと、励まされるものである。

Nyköping 川と Nyköpingshus