郷に入っては

木 旧暦 5月26日 赤口 辛未 二黒土星 Ulrika Ulla V27 23521日目

恵まれた環境ではあったが、僕の場合は、状況が少し違っていた。郷に入っては郷に従え、という言葉もあるから、こちらに来てしまえば、こちらの社会の習慣に従って仕事をするのが一番良いことは分かっていたが、僕はいつも日本を引きずって仕事をしていた。身はたとい北欧にあっても、お客様はいつも日本にあった。日本のお客様と話をする時に、自分の方が一歩下がって低い目線でお話しするように心がけたつもりであるが、つい、生意気を言うことも多かった。しかし、お客様に向かって夏の一ヶ月は休暇で不在にします、というようなことはちょっと言えなかった。言えば言えたかもしれないが、どうだ、羨ましいだろう、と言う風に聞こえてしまうのが嫌だった。そしてそういう態度を取っていれば、次第に自分と日本とのつながりが切れてしまうのではないかという不安もあった。日本との関係が途絶えてしまえば自分がここへ来た理由も消失する気がした。それで僕はスウェーデン社会の中にありながら、いつまでも不恰好でちょっとすわりの悪い空気の中で生きることになった。休みを取らなければならないことは法律で決められているから、変に休みを取らないでいると会社が困るという事情もあったし、働き蜂のような異分子が日本から来てこちらの雰囲気を壊すことの無いようにも気をつけた。価値観のまるで違う二つの国の間で仕事をするのは容易ではなかった。郷に入っては郷に従えと人は言うが、人間にとって従うべき何かは郷ではなく、もっと普遍的な規準ではないか、という気持ちが強くなったのも、こちらへ来てまもなくのことであった。ともあれ、今年は会社生活最後の夏である。今日はちょっと昔を振り返ってみた。