2025-02-10 (月)(令和7年乙巳)<旧暦 1 月 13 日>(先勝 庚戌 二黒土星) Iris 第 7 週 第 27756 日
講談社学術文庫の「イザベラ・バードの日本紀行(上)(時岡敬子訳)」と云ふ本を読みつつある。明治11年(1878年)といふから、西南戦争の翌年で、明治新政府もやうやくこれから本格稼働を始めようかといふころに、大英帝国から日本にやってきたひとりの女性が、日本の東北・北海道地方を旅してその見聞したことを本にしたものである。当時は交通網もない大変な旅であったと思ふ。観光旅行ではなく、日本人に混じって生活し、まだ西洋人との接触のない日本の地域に入って、その地方の人々の暮らしぶりを見て、その記録をまとめたものである。それは本国にゐる妹へ宛てた手紙を集めた形で構成されてゐる。読むと僕の知らない日本の姿が活写されてゐる。知らない風景ではあるのだが、「うん、きっとさうだったに違ひない」と妙に納得してしまふのはやはり僕が日本人であるからかもしれない。そこには小柄で見た目の良くない日本人がたくさん出てくる。鼻はぺったんこで、汚れた衣服やみすぼらしい格好、宿泊所で大量のノミや蚊に悩まされる様子とか、人々の身体が全身虫にかまれた跡に炎症を起こした様子とか、ひどい皮膚病を患った子供達とか、不衛生な環境とか、宿所などでおよそプライバシーといふ発想が見られない様子とか、の叙述があって、それは当時はさうであったらうと思ふ。しかし、それらの記述は未開の人たちを蔑むようではなくて、この国では人は物を盗んだりしないこと、何千人もの人が集まってもみな礼儀正しくて秩序が保たれてゐること、たくさんの野次馬が集まった時でさへ人々は無作法ではないことに深い感銘を受けたことが記されてある。子供達は家庭で絶対服従になれてゐて、そんな子供達が大人になって築き上げる社会では、服従がその秩序の基本になってゐることが書かれてあった。行く先々で眺める日本の自然の風景や建築物などの素晴らしさも詳細に観察されてゐて、僕は日本人として、そんなふうに眺めたことはなかったな、と教はることが多かった。ただ、時代が違ふので、これから日本を訪れても、あの描写されてあった日本の風景は決して見られない。現代の日本人も里山の風景もこのわづか150年ばかりの間に大きく変容してしまって、多くのものを失ってしまった。その意味で、この本は当時の日本を外国に紹介した本である以上に、現代の日本人に向けて書かれた本であると思った。医療についても、当時の日本ではインチキな民間療法が幅を利かせてゐたが、手術や外国の薬に対する偏見をなくし、もっと科学的な医療の推進が求められた時代であった。このために漢方医は全面的に後退したが、近年は漢方医学が見直される動きもある。漢方医学の復活は僕も歓迎するのだが、それが行きすぎて、西洋医学を疎かにするようなことにならない様な注意も要るかなと本を読みながら思った。
