2024-12-09 (月)(令和6年甲辰)<旧暦 11 月 09 日>(先勝 丁未 八白土星)上弦 Anna 第 50 週 第 27693 日
夏目漱石は1916年(大正5年)の今日亡くなった。生まれたのは1867年(慶応3年)2月9日であるので、明治といふ時代をすっぽり生きた人であった。医学の進んだ今ならもっと長生きできたであらうが、50歳になる前に亡くなった。お墓は雑司ヶ谷墓地にある。最初に尋ねた時はあまりに大きく立派なお墓であったのでびっくりした。日清戦争の頃に松山の中学校で英語の先生になり、その後熊本の第五高等学校で英語の先生になった。その地で「夫レ教育ハ建国ノ基礎ニシテ、師弟ノ和熟ハ育英ノ大本タリ」といふ言葉を残した。この言葉は碑に刻まれて、今も熊本大学のキャンパスにあるさうである(地震の時は大丈夫だったのかな)。当時は日本はなんと躍動的で仰ぎ見る様な眩しい時代であったかと思ふ。個人情報が漏れない様に気を遣ふ現代の学校では師弟ノ和熟など危険視されるかもしれない。寂しいことだ。1900年に文部省より英国留学を命じられた。国から支給される学費はあまりに少なくて英国での生活は困窮を極めた。良い思ひ出がないままに帰国して留学の成果をまとめる様に「文学論」を書いた。最初の小説「我輩は猫である」を書いたのは1905年、アインシュタインが特殊相対論を発表した年である。それからの11年間(アインシュタインが一般相対論を発表するまでの間くらい)に有名な小説をたくさん書いた。最後の作品は「明暗」である。これは未完。その生涯を通じての最も大きな功績は、文語体でなしに、もっと口語体で、日本人なら誰でも日記や手紙などの文章が書ける様にしてくれたことかなと思ふ。
