2024-08-28 (水)(令和6年甲辰)<旧暦 7 月 25 日>(先勝 甲子 三碧木星) Fatima Leila 第 35 週 第 27591 日
建春門院(平滋子)は後白河院が、おそらくもっとも深く愛されたお后である。後白河院と建春門院の間に生まれた皇子が高倉天皇である。高倉天皇がお生まれになる前には、別のお后との間に二条天皇や以仁王が居られたが、いづれも若くしてお亡くなりになった。平清盛の継室・二位尼(平時子)は建春門院の姉であったこともあって、当初は後白河院は平家をさほどには憎んでをられなかった。平清盛はこの建春門院のお力添へを得て、娘の徳子を高倉天皇の中宮に入れることができた。そのあたりから後白河院は平家は行き過ぎだと警戒される様になったのではないかと思ふ。1176年に建春門院がご病気でお亡くなりになると、後白河院のお悲しみは深かったが、その一方で、それから先は平家を厭ふお気持ちが強くなられた。有名な鹿ヶ谷の陰謀があったのは、建春門院崩御の翌年であった。以上、自分の記憶のあやふやなところを補完するために、ちょっと調べて書いてみた。
