平家物語 巻第五 「文覚被流 1」

2023-12-18 (月)(令和5年癸卯)<旧暦 11 月 6 日>(仏滅 庚戌 五黄土星) Abraham    第 51 週 第 27341 日

 

文覚が勧進帳を持って院御所・法住寺殿へ現れたちゃうどその時、御所では管弦の最中であった。太政大臣妙音院(藤原師長)は琵琶をかき鳴らし、朗詠めでたく、按察大納言資賢卿は拍子をとって風俗催馬楽を歌はれた。右馬頭資時・四位侍従盛定は和琴かき鳴らし、今様をとりどりに歌ひ、玉のすだれ、錦の帳ざざめきあひ、まことに風情があったので、法皇も一緒になってみんなと声を合はせてお歌ひになるのだった。そこへ文覚が現れて大音声を張り上げたものだから、調子は狂ひ、拍子も乱れてしまった。「なにものぞ。そ首突け」と仰られると同時に、守りの若者らが、我も我もと進んで行った。その中に資行判官と言ふものが走りでて、「何を言ふのだ。出ていけ」と言ふと、「高雄の神護寺に荘園を一ヶ所ご寄進くださらない間は文覚は決して出ていきませんぞ」と言って居座るのであった。それでそ首を突かうとしたが、文覚は勧進帳を取り直し、資行判官の烏帽子をはたと打ち落とし、こぶしを握って資行の胸を突いて仰向けに突き倒した。資行判官は驚いて髷があらはになったまま、恥とは思ったが寝殿の広縁の上へ逃げのぼった。それから文覚は懐より馬の尾で柄を巻いた刀の、氷の様に見えるものを抜いて、寄って来るものを突かうと構へた。左の手には勧進帳、右の手には刀をぬいて走り回るので、予期しない突然の出来事ではあり、左右の手に刀を持ってゐる様に見えるのだった。公卿・殿上人も「これは何といふことだ」と騒がれて、もはや管弦を続けるどころではなくなってしまった。院中は大騒動である。

ほんのりと明るい雲のかげにひとすじの希望を見る様な