平家物語「阿古屋の松 2」

2021-04-09 (金)(令和3年辛丑)<旧暦 2 月 28 日> (大安 丁亥 三碧木星) Otto Ottilia   第 14 週 第 26354 日

 

大納言・藤原成親の嫡男である丹波少将・成経には今年3つになる子があった。日ごろはそんなに愛情をかけるほどのこともなかったが、今はの時になってみれば、やはり彼も人の子、心にかかることがあったとみえて、「あの幼いものに今一度会ひたい」と言はれた。乳人がその子を抱いて参った。少将は抱き上げて膝の上に置き、髪を優しく撫でると、はらはらと涙がこぼれた。「あはれ、汝が7歳になったら元服させて法皇にお仕へさせようと思ってゐたのだが、今となってはそんな希望もむなしい。もし、命があって成長したなら、法師になって、我が後の世を弔ってくれよ」と言はれた。いまだいとけない心に何が分かるといふわけでもないだろうに、「うんうん」と頷くような仕草をするので、少将をはじめ、母上、乳人の女房、その座に居合わせた人々は、心あるも心なきも、皆袖を濡らしたことであった。福原の御使は、今夜すぐに鳥羽までお出でなさいと言ふ。「たとえぐずぐずしたところでどれほども延びるわけではないのだから、せめて今夜は都のうちであかしたいものだ。」と言ふのだが、ひつこく催促があるものだから、その夜のうちに鳥羽まで行くことになった。成経の義理の父である門脇の宰相・教盛はあまりに悲しくて、今度は一緒の乗物に乗ってゐらっしゃらなかった。

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春あらし こずゑもないて たわみけり