平家物語「烽火之沙汰 1」

2021-02-13 (土)(令和3年辛丑)<旧暦 1 月 2 日> (友引 壬辰 二黒土星) Agne Ove  第 6 週 第 26300 日

 

「これは君がお決めになることであるから、できないことかもしれないが、院御所法住寺殿をお護り申し上げたいと思ふ。何故かと言へば、重盛は初めて従五位下に叙せられてから今大臣の大将に抜擢されるに至るまで、ことごとく、君の御恩でないものはない。その恩の重いことを思へば、千粒万粒の玉よりも重いものである。その恩の深いことを案ずれば、何度も繰り返し染めた紅よりも深いものだ。であるので、院中に参って立て籠もるつもりである。さういふことになれば、重盛の身に代はり、命に代はりますと契りを結んだ侍が少しはゐるだろう。そのもの達を連れて、院御所法住寺殿をお護りすれば、何といっても容易ならざる大事となるであろう。悲しいかな、君の御ために奉公の忠をいたそうとすれば、須弥山の八万の頂よりまだ高いといふ父の恩を忘れることになる。痛ましいかな、不孝の罪を逃れんと思へば、君の御ために不忠の逆臣となってしまふ。進退ここに極まった。是非の判断もつかぬ。かくなる上は、ただ、この重盛の頸を取ってくれ。院中を守護することはならん。院の御所を攻めることもならん。昔、蕭何はその手柄が同僚たちよりも大きく過ぎたので、その位は大相國に至り、剣を帯し沓を履きながら昇殿が許された。けれども、叡慮に背くことがあったので、漢の高祖は重く戒め、深く罰したといふ。この様な話を思ひ起こすにつけても、富貴といひ栄花といひ、朝恩といひ重職といひ、父上はどちらも最高をお極めになったから、この先はもう御運が尽きるのではないかと心配だ。富貴の家に禄位重畳するのは、実が繰り返しなる木の根が傷むのと同じことだといふ。心細く思はれることよ。いつまでか永らへて乱れた世を見るのもどんなものか。只末代に生を受けて、この様な辛い目に遭ふ重盛の前世の報ひが悲しいことであることよ。たった今、侍の一人に仰せつけて、お庭に引き出されて、重盛の首を刎ねられもしようかと思ふ。そんなことはごく簡単なことだ。このことを皆も聞いてほしい。」かう言って重盛は直衣の袖もしぼるばかりに涙を流すのであった。居合わせた人々は、心ある人も心ない人も皆、鎧の袖を濡らしたことであった。

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雪の郊外をドライブしてみた。よく晴れて窓越しに受ける日光は強かった。