草を取りながら思ふこと

2018-10-12 (金)(平成 30 年戊戌)<旧暦 9 月 4 日>(赤口 丁丑 二黒土星) Valfrid Manfred 第41週 第 25447 日

 

雨が上がって、涼しい秋の一日になった。少しの間、草を取った。草を取りながら、もしこの作業を誰かに頼むとすれば、どれくらいのお金で頼むのが妥当なのだらうかと思った。一般に専門的知識や経験が必要な作業の人件費は高くて、誰でもできる作業の人件費は安いだらうと思ふ。でも、単純な作業をする場合でも、心を込めて仕事をする人とさうでもない人とが等しく報酬を受けては不公平な気もする。また、現代は多くの人が高等教育を受けてゐる。その様な人たちは自分には高い能力があると思ひこんでしまって、誰にでもできる低い仕事など引き受けられない、と思ふかもしれない。さらに将来 AI が発達して、これまでは専門的知識や経験が必要であった作業を AI がやってしまふ時代もくるかもしれない。すると、人の作業は誰もが同じことしかしなくなるのではないか。結局、人は誰も「身の回りのことは自分でやる」といふ基本に帰るべきと思ふ。それを他の人にやってもらって、空いた時間で自分はより高い価値の仕事をするといふこれまでの常識的考へが次第に成り立たなくなるのではないかと思ふ。

 

秋月や 遠き耳にも 虫の声

 

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赤い実をつけたこの木は南天でせうか