ゴーストライター事件

水 旧暦 2月5日 赤口 乙亥 九紫火星 Tora Tove Askonsdagen V10 23765日目

先月の話になるが、「現代のベートーベン」と絶賛されてゐた作曲家の作品が、実は別人の手で作曲されてゐたといふニュースがあって、それ以来、新聞などでさんざんにたたかれてゐる。僕はその曲を聴いたことがない。僕個人はこの事件によって裏切られたとか、傷ついたといふことは全くないので、その批判の尻馬に乗って「ひどいじゃないか」と叫ぶ気にはならない。むろん、良いことではないし、なぜ何年間もバレずにそんなことが可能であったのか不思議だと思ふばかりであるが、もし、その音楽が本当に人の心に感動を与へる名曲であるなら真の作曲者は誰でも良いではないかといふ気もしてゐる。和歌の世界でも、日本には「詠み人知らず」とされてゐる名歌は多数あると思ふ。結局、今は著作権といふ、執筆者にありがたい制度が高度に発達してゐるから、この様な事件になるのだと思ふ。作曲にせよ、文筆活動にせよ、創作した人の権利と収入を確保する制度が社会にあることは文明国として大事だと思ふが、僕たちはそのありがたみをあまりにも当然のこととみなしてゐることはないだらうか。傑作を生み出した人間が、その同時代にあっては社会から評価を受けず、死後何年かして、次第に広く賞賛を受けることもあると思ふ。あの芥川龍之介さへ、出版社に原稿を二束三文で買ひたたかれた時代があったことを思ふと、僕は複雑な気持になってしまふ。