お・も・て・な・し

水 旧暦 11月2日 赤口 甲辰 二黒土星 Barbara Barbro V49 23675日目

「今でしょ」、「じぇじぇじぇ」、「倍返し」と並んで、「お・も・て・な・し」が今年の新語・流行語大賞に決まった。「おもてなし」といふ言葉は僕が大事にしてゐる日本語の中でもとっておきのものであるので、それが流行語に選ばれたことは嬉しいやうな反面で、一過性の流行語にしてほしくない思ひもある。何故、「おもてなし」にこだはるかと言へば、つとに敬服に絶えない大野晋先生の解説書をかつて読んだ時の印象があまりにも目の覚めるやうなものであったからだ。だが、不覚なことに、それがどの本に書いてあったか分からなくなり、先生の書かれたあの本、この本を後でひっくり返してもあの解説の部分に出会はなくなってしまった。それで、以下にうろ覚えながら紹介する。「もてなす」は、「もつ」と「なす」の合成語である。「もつ」は「とる」と対比してその意味を吟味すると分かりやすいが、その対象がそのままの状態で保存されるやうに配慮する思ひが込められてゐる。「お天気が午後までもつかしら」と言へば天気の状態が変はらずに、といふ意味であるし、「このお肉、明日までもつかしら」と言へば、お肉の状態が今のままで変はらずに、といふ意味である。「駅まで荷物をお持ちしませう」と言へば、荷物を壊すことなく、あなたの所有の状態をそのままに保ちながら運びませう、と言ふことである。「もてなす」の「もつ」は、相手が生まれながらに備へてゐる本来の性質をそのまま大切に保ちながら、「なす」、つまり意図的に相手に働きかけていく、といふ意味で、その後に、源氏物語の使用例が引用されてゐたやうに記憶してゐる。光源氏はただ強引に女に言ひ寄るのではなかった。それは相手を傷つけまいとする心とひとつのものであると言ふ。「なす」だけではいけない、「もつ」だけでも不足である。そこに「もてなす」と言ふ言葉が生まれて、千年来の日本のプレイボーイのひとつの規範になった。