つぶやき

火 旧暦 6月26日 先勝 甲午 六白金星 Magdalena Madeleine V30 23904日目

二日間ブログを休んでしまった。休む理由は色々である。忙しくて書けない場合も無いでは無いが、今はもう仕事をしてゐない身体であるのでその様な言ひ訳も出来ない。原稿を書くだけ書いてみたものの、アップロードすべきかどうか迷った末に更新をスキップすることもある。後から考へると、ちょっと考へ過ぎの場合が多いが、心の弱い時はそんなものである。休んだ後は気分が良く無い。何人かの人の中にはほぼ毎日の様にこのブログを読んで下さる方があって、もったいないことであるが、そんな人の話によると、僕がその日はちょっと元気が無かったとか、分かってしまふものらしい。文章とは恐ろしいものと思ふ。しかし、ただ黙ってゐるだけでは何も伝はらないから、また元気を出して何か書かうと思ふ。いつもつまらないことしか書けないので毎日更新は難しいかもしれないとも思ひつつ。

ファーストフードのお店で

土 旧暦 6月23日 仏滅 辛卯 九紫火星 下弦 Sara V29 23901日目

ファーストフードのお店で自分の食べたいものを立ったまま口で言って注文することが僕は苦手である。それはある程度日本でも同じことだが、こちらではさらに言葉の問題もあり、若い店員の素早い会話に同じ速さで対応出来なくて、何も客であるこちらが卑屈になることは無いのだが、自然にさういふお店に行くのが遠のいてゐる。テーブルに座ってからウエイトレスに食事を注文する時は、心理的に落ち着くせいか、追ひ立てられてゐる気分が無くて良い。これも老化のサインかもしれない。注文するものがブレンドコーヒーだけであればマグカップのサイズを指定するだけで良いし、ピザの注文の場合でもさほどの苦労は無いが、ハンバーガーやサラダなどの注文になると、フライドポテトがどうしたとか、ドレッシングがどうしたとか、飲物がどうしたとか、何か指定する度に質問がいくつも返って来て、あらかじめその商品に関する予備知識を持ってゐないとスムーズな注文のやり取りが完結しない。これは客には不便なシステムであると言はざるを得ない。日本の一部のお店では、自動販売機で食券を買ひ求めて注文するシステムになってゐるが、僕にはあれの方が余程分かりやすい。ところで今日は別の人とハンバーガーのお店に行ってこんなことがあった。注文はすべてその人がしてくれたので助かったが、小さなハプニングがあった。多分アルバイトであらうその店員に商品の知識が欠如してゐたのである。その人は「チーズバーガー・ナチュラル」と注文したのに、普通の「チーズバーガー」が出て来た。僕たちが一度席についてから間違ひに気づき、その人は窓口へ再交渉に行った。最初はこちらの注文の言ひ方が悪かったのかとも思はれたが、店員は「ナチュラル」と指定された商品が普通とは別のものであることを知らなかったことがその交渉の過程で分かったのである。普通ならそこで、「私が間違ひました。すみません」と謝るべきところであるが、その店員の態度には全く反省の色が無かったさうである。日本人は謝らなくても良いところで謝ってしまふ傾向が今でもあるかしれないが、反対に謝るべきところで謝ることは万国共通でなければならないと思ふ。自分の過失を認めると不利に働くと信じてゐるのだらうか。そして今では日本でもこの様な場合、謝らない店員がゐるだらうか。かういふ問題は学校や企業での教育の問題といふよりも、小さい頃から家庭でどんな躾を受けて育ったかによることが大きいと思ふ。

マレーシア機撃墜事件

金 旧暦 6月22日 先負 庚寅 一白水星 Fredrik Fritz V29 23900日目

マレーシア機が撃墜されたニュースが今日は忙しく流れた。誰によって何故撃墜されたのかはよく分からない。分かってゐるのは、アムステルダムからクアラルンプールに向かふボーイング777型機MH17便がウクライナドネツク洲に墜落したこと。それは事故ではなく撃墜されたと見られること。の2点だけである。真っ黒に焦げたエンジン等がテレビの映像に映ってゐた。ウクライナではEU派の政府と親ロ派がずっと争ひを続けて来たが、その争ひの渦中に民間機が巻き込まれてしまった感じが強い。民間機が撃墜された前例は、まだ僕が日本で仕事をしてゐた1983年、サハリン上空で大韓航空機撃墜事件があった。旅客機に航路の現在位置と予定コースを表示する設備がまだ無かった時代のことで、何故か進路を誤って侵入した旅客機を旧ソ連軍機が後方から撃ち落とした。後に柳田邦男が詳しい本を書いたが、それは謎に満ちた墜落であった。今回の事件はそれ以上の犠牲者を出した様であるが、やはり謎に包まれてゐる。20日からオーストラリアで開かれる国際エイズ会議に出席する研究者を多く乗せてゐたと言ふ。誤認で地対空ミサイルを撃ったのかも知れないがひどい話である。撃ち落とされるのはいつもアジアの航空会社ではないか。マレーシア機は4ヶ月前にも洋上で謎の失踪事件を起こしてゐる。マレーシア機を利用する客が減る心配は無いだらうか。ちなみに、日本の航空会社の欧州線はこのコースを飛ばず、北欧及びシベリア上空を飛ぶ。

ジャガイモの危機

木 旧暦 6月21日 友引 己丑 二黒土星 Bruno V29 23899日目

うかつにも気づかずに居たが、昨日の地方紙によると、僕の住んでゐるスウェーデンのセーデルマンランド地方では今夏は記録的に雨が少ないのださうである。7月に入ってからの雨量は5ミリに過ぎないと言ふ。平年なら70ミリほど降るのに、である。夏休みを楽しむ人たちには朗報であるかしれないが、農家の人たちにとっては深刻で、例へばジャガイモが発育しないことなどが懸念されてゐる。農家の人は空の雲を見上げながら、雨が1日おきには降ってくれないと困るとつぶやくと言ふ。この新聞記事を読んで、名うての雨男を自認する僕の、これは出番ではないかと密かに思ふところがあった。雲の呼び方、雨の降らせ方など、今晩でも古い虎の巻を開いて復習してみようかと思ふ。この頃、寝てばかりゐて修行が足りないからどうかな。

ベネッセの情報漏洩事件

水 旧暦 6月20日 先勝 戊子 三碧木星 Reinhold Reine V29 23898日目

ベネッセの顧客情報漏洩問題がこのところ毎日の様に新聞に出てゐたが、結論としては外部業者の派遣社員の仕業であるらしい。将来的にこの手の犯罪を防ぐのは難しいのではないかと思ふ。と言ふのも、データベースにアクセス出来るたくさんの人たちのうち、たった一人から短時間に全ての情報が漏れてしまふからである。99% まで教育が行き届いても、残りの1%がをかしなことをすれば、その会社の方針の評価は99点ではなく0点である。今回の様に「漏れてゐるのではないか」と消費者から疑ひを発表する場がこれからも用意されなければならないと思ふ。住所、氏名、年齢、性別の情報だけなら漏れても実質的に深刻な被害が出ることは少ないだらうと思ふが、パスワードなどが盗まれると深刻である。そもそも名簿業者などといふ聞き慣れない業種が世に存在すること自体、不自然な気がする。スウェーデンにもその様な業種があるのだらうか。何しろこの国では、氏名が分かってゐれば、その人の住所と電話番号を誰でも簡単に調べられるカラクリがある。個人情報保護の常識のベースのレベルが日本とは全然違ふ。さういふ面からは、日本の個人情報保護は行き過ぎで厳しすぎる感じもするし、その分、今回の事件のマスコミの扱ひ方の大きさにはやや違和感がある。情報漏洩の背後に大きなお金の流れのあったことが一番の問題であるが、さうなる原因は日本の情報の過保護と無縁でないと思ふ。

サヨナラうなぎ君

火 旧暦 6月19日 赤口 丁亥 四緑木星 Ragnhild Ragnvald V29 23897日目

国際自然保護連合が、ひと月ほど前、ニホンウナギ絶滅危惧種に指定した。これを受けて、環境省では神奈川県酒匂川などで生息状況を調査し保全策をまとめる方針であると、数日前の日経電子版で読んだ。僕はうなぎがそれほど好物ではないし、よしや「これからの君の人生にうなぎはないものと思へ」と宣告されてもさほど困らないのだが、さういふ次元の問題では無くて、長く人々の食生活に馴染んだ生き物の種が絶滅するのは社会問題として看過出来ない。ダーウィンの進化論では弱肉強食といふか、強くて環境に適合した種だけが生き残るといふ冷酷な現実を説明してゐる。これまでの地球史で地上に生まれて絶滅した種は無数にあるだらうが、絶滅の原因が自然淘汰によるといふより、人間による乱獲、生産と消費の営みの膨張の故にあるのであれば、人間はもっと謙虚にならないといけないとも思ふ。一言で言へば人が地上に増えすぎた。海水温度の上昇により、うなぎが太平洋を回遊するコースが従来と違って来てゐるといふ指摘もどこかで読んだ。うなぎに限らずサンマ、イワシ、カツオ等色々な種類の魚が穫れない時代が迫ってゐるのかもしれない。それは時代の流れの大きな変革を告げるサインであり、警鐘であるだらうが、対策はむつかしい。

滋賀県知事選挙結果

月 旧暦 6月18日 大安 丙戌 五黄土星 Folke Kronprinsessans födelsedag V29 23896日目

日曜日の滋賀県知事選挙は与党が敗北した。アベノミクスの恩恵が地方に十分に行き渡ってゐないとか、集団的自衛権の行使容認をめぐる動きに住民が反発したと言ふ分析があるのかもしれないが、より直接的な身近な問題として住民が近隣の福井県原発再稼働に強く反発してゐることが大きいのではないかと思ふ。その根底には、「何故自分たちがまさかの時のリスクだけを引き受けなければならないのか」と言ふ思ひがあると思ふ。絶対に起きないと思はれてゐた炉心溶融事故が福島で実際に起きてしまった以上、住民がまさかの時を心配することは素直な反応である。けれども他方で、原発の再稼働をいつまでも認めずにゐると、これから先の日本の体力は確実に低下する。その深刻さが分かる人は少ないのではないだらうか。コトが済んでから「だから言ったじゃないの」と言っても遅い。全員が「オレのところではごめんだよ」と言って遠ざけ合ひ、しまひに全員がつぶれてしまったら、日本の将来はどうなるのだらう。そこのところが僕は心配である。