立ち止まって考へる

2024-09-05 (木)(令和6年甲辰)<旧暦 8 月 3 日>(仏滅 壬申 四緑木星) Adela Heidi  第 36 週 第 27599 日

 

会社生活を定年で辞めてもう10年以上にもなる。毎日特に何をするといふこともないのだが、それなりに時間が過ぎて行く。会社に勤めてゐた頃、仕事に追はれることはさほど嫌でもなかったのだが、仕事のない生活に慣れてくるとさすがにこれは良いなと感じる様になった。何と言っても「立ち止まって考へる」ことができるのがありがたい。時々、「立ち止まって考へませんか」といふ人があるが、現場で働く人たちにとってはなかなかそれができないのだ。たとへば、外科医は手術の最中に立ち止まって考へ始めたら患者の命が危なくなる。洪水で川の堤防が決壊しようとする時に、保全の人が立ち止まって考へ始めたら被害が大きくなる。山火事などの消火活動も同じこと。現場で大事な仕事をしてゐる人ほど「立ち止まって考へる」ことなどできないのだ。だから、「立ち止まって考へる」ことができる状況にある人はもうそれだけで幸せいっぱいなのだ。僕の場合は退職以来それがふんだんに与へられて申し訳ないような気持ちだ。「立ち止まって考へる」ことが増えると、「人生で本当に大事なものは何か」を考へる機会が増えるのではあるまいか。

近くの教会の庭に咲く「夏の最後のバラ」