平家物語 巻第四 「競(きをほ) 8」

2022-12-09 (金)(令和4年壬寅)<旧暦 11 月 16 日>(友引 丙申 一白水星) Anna 第 49 週 第 26967 日

 

ちょうどその頃、三井寺では競の噂をしてゐた。渡辺党のものが「競を一緒に連れて来なかったのはまづかったんぢゃないか。六波羅に残り留まって、あいつひどい目にあってるんぢゃないか。」と言ふ。三位入道は競の本心を知ってゐるから「よもやあの男がさうやすやすと捕へられることもあるまい。あれは源三位入道を深く思ってゐる男だ。見てなさい。きっとすぐに来るだらうよ。」と言ふその言葉が終はらぬうちに、競がツッと現れた。「ほうら、言った通りであらう。」競はかしこまって申し上げた。「伊豆守の木のした(このした)の代はりに、六波羅の煖廷なんりょうを取ってまいりました。どうぞお納めください。」と言って伊豆守に献上した。伊豆守はことのほか喜んで、すぐに尾や髪を切り落とし、焼印を押して、次の日、六波羅へ届けた。馬の尾とたてがみを切ったのは、人間で言へば頭髪を剃ったやうなもので、宗盛も早くこのやうに出家せよとからかったのである。夜半に六波羅の門のうちに追ひ入れた。うまやに入って他の馬と食ひ合ったり騒がしくなったので、舎人が驚きあひ、「煖廷が戻ってきたぞ」と叫んだ。大将が急いで出てきて調べると、「昔は煖廷、今は平宗盛入道」と焼印が押されてあった。「おのれ、憎い競めを捕らへるチャンスを逃して、いっぱいくはされたとは残念だ。今度三井寺に攻め寄せた時には、何をおいてもまづ競めを生け捕りにせよ。ノコギリで首を切ってやるぞ。」と言って、踊りあがり、踊りあがり、怒り狂ったけれども、煖廷の尾も髪も生えて来ることはなく、焼印の跡もまた消えることがないのだった。

白い世界に朝日が映えて、美しい朝であった。