平家物語 巻第四 「信連(のぶつら) 1」

2022-09-21 (水)(令和4年壬寅)<旧暦 8 月 26 日>(先負 丁丑 八白土星) Matteus 第 38 週 第 26888 日

 

平氏打倒の令旨を発せられた高倉の君(以仁王)は、その夜、さつき十五夜の月をご覧になってゐた。これからどんなことが起こるのか、具体的には何も考へておられなかったところへ、源三位入道(源頼政)の使者が文を持って駆け込んで来た。宮の乳母子、六条亮の大夫宗信が応対し、文を受け取って御前へ参り、開いてみると「君の御謀反はすでにバレてます。土佐の畑へ流せと言って検非違使庁の役人どもがそちらに向かってます。急いで御所を出て、三井寺へお入りください。わたしもすぐに行きます。」と書いてあった。高倉の宮は「さあ、どうしよう」と言って慌てふためかれたが、宮の侍長・兵衛尉信連といふものが、「何も特別な事ではありませんよ。女房装束に着替へてご出発なさるが良い」と申し上げた。「おお、その通りぢゃ」とばかりに、御髪を乱し、重ねて着た御衣に市女笠を被られた。六条の亮の大夫宗信は、長い柄のついた唐傘を持ってお伴した。また、鶴丸といふ童は、袋に物を入れて頭に乗せた。見るからに若侍が婦人を案内して行く様な体裁をとったのである。三条高倉の宮の御所を出て、高倉小路を北に向かって落ちて行かれた(今の高倉通りは北へ行っても丸太町通まで来たところで京都御所に突き当たるが、この時代の御所はもっとずっと西にあったらしい)。途中に溝があったのだが、宮はいとも簡単に飛び越えてしまはれた。道ゆく人が立ち止まってこれを見て、「なんてはしたない(行儀の悪い)女房の溝の越え方だらう」と変な顔をしたので、足ばやにその場を過ぎて行かれたのであった。

Nyköping 川で見かけた鳥。長いくちばしで魚を狙ってゐるのだらうか。