平家物語「一行阿闍梨之沙汰3」

2020-10-20 (火)(令和2年庚子)<旧暦 9 月 4 日> (赤口 丙申 七赤金星) Sibylla   第 43 週 第 26184 日

 

大講堂の庭に輿を置いて議論が始まる。「我らは粟津に行き向かって、貫首をうばひかへし申し上げた。既に天子のおとがめを受けて流罪になった人をここにとどめ申し上げて貫首になっていただくことはどんなものであろうか」するとまたもや戒浄房の阿闍梨が進み出て言った。「夫當山は日本無双の霊地、鎮護国家の道場、山王の御威光盛んにして、仏法王法は互角なり。衆徒の意見に至るまで並びなく、いやしき法師原までも世の人は軽んずることがない。まして智惠高貴にして三千の貫首である。今は徳行重くして一山の和尚である。無実の罪を受ける、これは山上洛中の憤り、興福・園城の嘲りとなるではないか。今顕密のあるじを失って、何人もの学侶が勉学をおこたることになるのは残念だ。詮ずるところ、この祐慶が張本として罪を被り、禁獄流罪もせられ、首をはねられんことは、今生の面目である。冥土の思ひ出となるであろう。」かう言って双眼よりハラハラと涙を流した。大衆は皆、尤もだと同調した。このことがあってから、祐慶はいか目房と呼ばれることになった。またその弟子の慧惠法師を時の人はこいか目房と呼んだ。

f:id:sveski:20201021053931j:plain

我が屋戸の 黄葉なかばに 散りにけり