失望の時に

2020-09-22 (火)(令和2年庚子)<旧暦 8 月 6 日> (先勝 戊辰 八白土星秋分の日 Höstdagjämning   第 39 週 第 26156 日

 

誰の人生にも失望の時はあるものだ。僕がスウェーデンに移って来た時も気分は大きく沈んでゐた。一生この会社で頑張るんだと思ってゐた日本の会社を辞めた後であったからだ。今はもうそんな終身雇用の時代ではないかもしれないが、当時の僕はさう思ってゐた。今振り返れば、他の人から見れば何であいつが会社を辞めるのかさっぱり分からんと思はれたかもしれない。でも、僕はあの時、自分の無能であることに深く失望して会社を辞めたのだった。その時偶然にスウェーデンの会社が採用してくれたから何とか頑張ってみようと思って妻子を連れて海を渡ったのだが、最初の数年は節約に節約を重ねて、爪に火をともす様な暮らしであった。気持ちは大きく沈んでゐたから、それまで付き合ってゐた日本の友達とも交際を絶ち、多くを望まず、蟄居の思ひでただひっそりと生きることを望んだ。しかし、そのうちに日本のお客様からお仕事をいただくことが増えると、日本に行き来する機会も増え、蟄居の自制心は次第に緩んで行くのだった。調子に乗って来たところで再び大きく失望したのは東日本大震災福島第一原子力発電所が過酷事故を起こした時であった。そんな事故が実際に起こるなんて本当に信じられなかった。その後間もなくして僕は定年退職した。それからといふものは、これまでとは全く違った生き方をしようと思って、現役時代の仕事の続きを考へることはしなかった。さうして今度はコロナパンデミックである。この様な疫病の流行が実際に起こるなんて本当に信じられなかった。でも、強いられた自宅での自粛生活は、スウェーデンに移って来た時に感じた、あの蟄居を自らに課した生活とあまり変はらない気がする。僕の場合はあの時に戻れば良いのだ。これからは多くを望まずに静かに生きるのが大事かなと思ふ。大政奉還し、江戸を去ったのちの将軍徳川慶喜の生き方や、映画界を引退したのちの原節子の生き方を僕は美しいと思ふ。欲望が頭をもたげて来る時にはそのことに思ひを致したいと思ふ。

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秋分の日の落日