残業の思ひ出 2

水 旧暦 12月15日 友引 丙戌 五黄土星 Laura Lorentz V3 23716日目

これもやはり日本で仕事をしてゐた頃の思ひ出話。毎週水曜日であったか、非残業日が設けられてゐた。ある日のこと、僕はどうしてもその日、定時に帰れさうになかったので、やむを得ず残業をしてゐた。部屋には僕の他にあまり人は残って居なかった。そこへ事業部長が入って来られた。僕は残ってゐてまずかったな、と咄嗟に思ったが、特に目も合はせずに作業を続けた。そのうちに、向かふの方で事業部長が部長に向かって何やら話し始めた。聞くつもりは無かったが、その話はひとりでにこちらの耳にも入って来た。僕は愕然とした。もう本当に驚いた。事業部長は「何故君の部下たちは早く帰ってしまふのかね」と部長に向かって咎めてゐたのだ。労使相互の合意の上に決められた非残業日であるから皆が帰るのは当たり前ではないか、皆が早く帰れるのであれば喜ぶべきことで、残ってゐる者こそ咎められるべきではないかと僕は思ったが、情けないことに部長は部長で、平身低頭、謝ってゐた。その一部始終を垣間見てしまった僕は、会社の方針とは、表向きに掲げてゐることと裏の実際とで、かくもおおっぴらに乖離したものであったのかと驚いた。もう30年も前の話だから、今はもうそのやうなことは無いと思ふが、僕にはあまりにも大きな衝撃であったので覚えてゐる。極端な比較をしてはをかしいが、大東亜戦争末期に、表向き本人の志願によりといふ形をとりながら、暗に特攻出撃を命じた旧日本陸海軍の体質と、どこか似た様な空気を漂はせてゐるのではないかと、その時嫌な気がした。