林京子の「祭りの場・ギヤマン ビードロ」(講談社文芸文庫)を電子版で読んだ。書名以外にもいくつかの短編が入ってゐてどれも揺さぶられた。この足で長崎まで行ってみなくとも、この本を読めば、あの原爆によって人々がどんな体験をしたのかがわかる気がした。それは単に体験談が綴られたと云ふ以上に、いのちとは何かを繰り返し問はれてゐる気がした。同級生であっても、直接の被爆の体験がなくて、後から転校して来た友だちとの間に生じた意識の微妙な違ひなどは、読んでみてそんなものかと驚いた。ましてや戦後に生まれて、お話としてしか知らない原爆の話から想像が及ぶ範囲の理解といふものが如何に貧困であらうことかについて考へさせられた。「浦上の焼け跡に立った一人の宗教家が、草も木も、人も家も焼けてしまった浦上の地を見て、なんと美しい眺めだらう、と言ったといふ。」と書かれた箇所があった。あの日から80年以上が過ぎて、原爆を語りつがうと云ふ人たちも次第に少なくなると思ふ。爆心地近くの兵器工場で学徒動員中に被爆して奇跡的に生還した女生徒からこの様な作品が生み出される偶然といふものが不思議で仕方がない。ここで男女を論ずべきではないのだが、それはやはり女性によってしか表現し得ない記録ではなかったかと思ふ。そしてまたその本を僕はどんな偶然で読むことになったのだらう。僕は日頃から「どんな運命もその人の生き方にふさはしい形に立ちあらはれる」といふ言葉を座右にしてゐるのだが、それは自己の内面に向かってのみ発せられるべき箴言であるかなと思ふ。もしそれがもっと普遍的な真理であるならば、その信念を適用すべき範囲はどこまでかといふ新たな問ひかけを同時に受けなければならない。コリントの信徒への手紙10章にある「神はあなたがたを耐へられない様な試練に遭はせることはなさいません」といふ言葉との関係はどうなるのだらう。
