2024-06-24 (月)(令和6年甲辰)<旧暦 5 月 19 日>(大安 己未 五黄土星) Johannes Döparens dag 第 26 週 第 27526 日
6月20日の日経電子版で、ロバート・オッペンハイマー氏が米国で被爆者と面会した際に「涙を流して謝った」事実があったことが書かれてあった。その涙は、この世の地獄を味はひ尽くした被爆者たちへの限りない同情であったらうと思ふ。その滂沱の涙に偽りはなく、それはそれで納得がいく。けれども、その涙は、原爆の製造そのものに対する後悔を意味してはゐなかったらうと思ふ。オッペンハイマー氏が開発をやめても、他の誰かが現れて、結局は原爆は作られてしまふ時代の趨勢にあったと思ふ。僕らが普段何気なく見てゐる、例へば石ころとか、身の回りのあらゆるモノの奥深くに実は途方もないエネルギーが秘められてゐることを知ったものは、そのエネルギーを解放させた時に何が起きるかを確かめずにはゐられなかった。単なる物理学上の理論ではなくて、エンジニアリング的な工夫を重ねて、原爆として製造してみないことには気が済まないところがあったのだと思ふ。その勢ひを止めることができなかったのは、今、AI(人工知能)がこれ以上進歩することを誰も抑制できない状況とよく似てゐる。オッペンハイマー氏は、この様な途方もないエネルギーはひとつの国で管理してはいけないと考へた。もしここに、聖人君子みたいな人が現れて、「私の言ふことは正しいのだよ。だから君も従ふべきだ。もし従はないなら原爆を使ふよ」みたいなことを言ったら、それは全く民主主義ではない。民主主義のもとに正しくこのエネルギーを管理するためには、その管理を一国の手のもとに置いてはならない。世界中の科学者が集まって協議し、完全にオープンにして、人類共有の財産として豊かな社会の建設に向けて管理しなければならないと考へた。しかし、そんなまるで夢見る少年が言ひ出す様な純粋な理想は実情から遠く離れてゐた。当時のアメリカ政府の方針に融和するはずもなかった。そしてそれだからこそ、旧ソ連のスパイとも間違へられる様な状況に追ひこまれたのだと思ふ。原爆の発明から80年近く経った今でもこの世から核戦争の脅威は取り除かれてゐない。オッペンハイマーの涙、それは科学の進歩と人間の持つ原罪との葛藤に苦しんだ末の涙でもあったと思ふ。この観点に思ひをいたすことなく、単純に「原爆を作ったのは悪いやつだ。なんであんなものをこしらへたのだ」といふレベルの議論だけを重ねるのであれば、百年河清を待つとも核兵器廃絶は実現できないのではないだらうか。
