大石芳野氏の私の履歴書

日本経済新聞の今月の私の履歴書は写真家の大石芳野氏である。知らなかったことや忘れてゐたこと、考へさせられることがたくさん書いてあった。今日の記事では隠岐での撮影体験の話とか鶴岡の黒川能の話などが載ってゐた。そしてその能や舞を見つめるうちに、世界中のこれまでの戦争で傷ついた人たちが思ひ起こされることに触れてあった。ふと僕には日本の地方都市が抱へる少子高齢化の問題が浮かんだ。あまりにも自分のことを棚にあげた上での手前勝手な発言になってしまふのだが、地方の人口が減っていけばそれだけ各地域は魂の時代に戻っていくのではないかといふ淡い期待を抱いてしまったのだ。都会的な便利な生活に慣れてしまった人間にとっては大変だと感じる人口減少でも、日常生活と祈りとがひとつになって静かに暮らす人々にとってはそれほどの脅威にはならないのではないかな、といふ風なことを思った。むしろ大都会の方が心配な気がする。東京スカイツリーのエレベータが故障した話とか、少し前だが停電で山手線が動かなかった話とか、最近日本から聞こえてくる事件には現場の技術力が弱くなってきたことはないかなと疑ってしまふものがある。これも少子高齢化問題の別な形ではないかと思ふ。誰もが現場の仕事を嫌がることはないかな。そのうち現場の重要な技術はみな外国人にやってもらふしかなくなって、日本人でできる人がゐなくなる心配はないのかなとまで思ってしまふ。こんな状況の中で、もし大地震が来て高層ビルのエレベータが大量に同時停止したらどうなるのだらう。東日本大震災に伴って発生した第一福島原発事故では、技術を過信した原子力への批判が集中したが、それと全く同じような現代技術への過信が都会生活の身の回りに潜んでゐることはないのだらうか。

春を待つ白樺。チラホラと小雪が舞った。