しんにょう

2025-06-04 (水)(令和7年乙巳)<旧暦 5 月 9 日>(先勝 甲辰 八白土星) Solbritt Solveig 第 23 週 第 27876 日

 

白川博士は漢字の成立に関して様々な斬新な説明をなされたが、その中でも驚いたのは「道」についてであった。「しんにょう」に歩く、行くの意味があるのはわかるが、そこになぜ首が出てくるのかはわからなかった。そこを白川博士は次のように説明された。以下は常用字解からの引用である。「道の意味は首を手に持って行くことである。古い時代には、他の氏族のゐる土地は、その氏族の霊や邪霊がゐて災ひをもたらすと考へられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力で邪霊を祓ひ清めて進んだ。その祓ひ清めて進むことを導くといひ、祓ひ清められたところを道といふ。」とのことである。これを読んだ時、道はもともとは危ないところなのだなと、ちょっと背筋が寒くなる気がした。

ところで、「しんにょう」の方だが、これは「チョン・ニョロ・シュー」の3画といふことになってゐるが、本来の「しんにょう」は「チョン・チョン・ニョロ・シュー」と4画なのである。実際、迂回の「迂」などは今でも「チョン・チョン・ニョロ・シュー」と4画で、退歩の「退」などは「チョン・ニョロ・シュー」の3画である。同じ「しんにょう」にも3画のものと4画のものがあるのは合点がいかない。僕の希望を書けば、「しんにょう」は全て4画としてほしいところである。

ずっと曇りで空気がやや冷たいと感じる一日であった。