2024-11-23 (土)(令和6年甲辰)<旧暦 10 月 23 日>(友引 辛卯 六白金星)下弦 勤労感謝の日 Klemens 第 47 週 第 27677 日
「人は生まれながらに平等である」さう思ひたいけれど、現実にはこの世に生まれ落ちたその瞬間から、既に相当の差があると思ふ。どちらが上でどちらが下かがはっきり決まってゐるのだ。しかし、スポーツの面ではAが上でBが下であっても、音楽の面ではBが上でAが下といふことはもちろんある。自分はどの方面においてなら、持って生まれた才能を最も発揮できるかなと考へることは、そもそも人は生まれながらに不平等であることを前提としなければ成り立たない。しかし、普段の生活で不平等であることをそんなにあらはにしては世の中はギクシャクするので、オブラートで包む様に「人は法のもとに平等だ」と言ってあらゆる人の人権が保証される。一方で不平等であることを認め、もう一方でそれでも平等であることを言ひ聞かせる。ひとりひとりの胸の内にあるこのせめぎ合ひといふかバランスの上に社会が成り立つのではないかと思ふ。ところが、この様なバランス感覚を持たずに、一方的に「人は皆平等であり、それしかないのだ」とはなから思ひ込んでゐる人が結構ゐる様に思はれてならない。最近、民主主義の危機が言はれることがあるが、もし、社会を構成する人々のひとりひとりに上記のバランス感覚がなければ、民主主義は成り立たなくなる気がする。「彼を知り己を知れば百戦危ふからじ」といふ言葉がある。自分の能力がライバルより劣ってゐても、そのことをキチンと自覚するなら、この世の中は渡っていけるものだと言ってゐるのだと思ふ。僕には希望の言葉だ。
