フェイクニュースの時代に

2023-12-16 (土)(令和5年癸卯)<旧暦 11 月 4 日>(友引 戊申 七赤金星) Assar    第 50 週 第 27339 日

 

生成AIの発達に伴って巧妙にできたフェイク画像などが新たな脅威になってゐる。特に選挙戦などで、フェイクニュースが民衆の意見を意図的に誘導する恐れがあるといふ。なんとなく怯えてしまふが、ここで怯えてはいけないのだ。フェイクニュースは太古の昔からあったと思ふ。ヨハネによる福音書10章には「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける」といふ言葉がある。羊は声を聞いた時、誰の声なのかを聞き分ける耳を持ってゐる。少し曲解かもしれないが、羊はニュースがフェイクであるかどうかを聞き分けることができるのだ。また、道元禅師の修証義には、「いたづらに所逼を怖れて山神鬼神等に帰依し、或ひは外道の制多に帰依することなかれ」と書かれてある。この世には人智を超えたマジックパワーが多々あるとしても、それらは全て正しいわけではない。それどころか魑魅魍魎に満ちてゐる。だから変なおまじなひをして、変な団体に多額な寄付をしたり、誤った山神鬼神等にひれ伏してはならないと書かれてある(と僕は解釈してゐる)。フェイクニュースは現代の魑魅魍魎である。ここで、ニュースのフェイク性をいかに見破るかは技術的な課題ではなくて、受け取る人の心の問題であることに帰着することが分かる。毎日、仏法僧の三宝に帰依し奉りて、己の精神を高めやうと努める人は、ニュースがフェイクであるかどうか、自然に見分けられる様になるに違ひないと僕は信じてゐる。だから怯えてはいけないのだと思ふ。

気温はプラスになったが、散歩の元気なく、台所の窓から外を眺める。