ロードス島(第5日目)

(2026-07-12 日曜日)

 

ロードス島は今はギリシャの領土であるが、ネットで調べてみるとさうなったのは第2次世界大戦後のことであるといふ。地図で見るとアナトリア半島に非常に近いので、かつてはオスマン帝国の一部であった。ところがその島を1912年にイタリアが占領した。1912年といふ年は日本では明治天皇の崩御、乃木大将と静子夫人の殉死、大正天皇の即位があった年である。また、この年にストックホルムオリンピックがあり、日本からは金栗四三選手がマラソンで出場した。オスマン帝国は1908年に立憲国家となったけれども、新政権は第1次世界大戦に参戦(1914年)して敗れ、以後オスマン帝国は消滅への一途を辿った。またイタリアは第2次世界大戦で敗れたので、それ以降にロードス島はギリシャの領土となったさうである。イタリア本土からロードス島に移り住んだイタリア人のほとんどは、島がギリシャ領になったときに本国へ引き揚げたさうである。ここではどさくさに紛れてソ連が侵略してくることはなかったから、日本人の満州からの引き揚げの時のような悲惨なことは多分なかったと思ふ。それでもこの島にはローマ・カトリック教会があるし、オスマン帝国時代の名残でイスラム教徒もゐるし、またユダヤ教徒もゐるさうである。このように宗教的には多様な構成であるけれども、なんといっても最も優勢な宗教はもちろんギリシャ正教会といふことである。もしイタリアによる支配が続いてゐたら別な様相を呈してゐたかもしれない。伝統のローマ・カトリックは11世紀に東西に分かれ、東側の教会がイスタンブールに起こり、ギリシャやロシアに広まったのが正教会である。日本では、東京・お茶の水にあるニコライ堂がその流れをくんでゐる。いづれにせよ、この島には多様な宗教がある。多様な宗教がお互ひを尊重しあって併存する地域には希望があると思ふ。以上、ホントは何も知らないのだが、ネットで調べたことを調べたままに書いた。が、AIも間違ふことがあるといふ。僕の解釈も間違ってゐるかもしれない。

毎日晴天に恵まれる。典型的な地中海性気候。この時期に雨が降ることは稀だといふ。