忘れもの

2020-06-26 (金)(令和2年庚子)<旧暦 5 月 6 日> (仏滅 庚子 六白金星) Rakel Lea 第 26 週 第 26068 日

 

若い時から忘れものをした。中学生の頃はよく教科書を忘れた。隣の席に椅子を寄せて、見せて貰ひながら授業を受けたものだった。先生が席を周りながら僕の席の前で立ち止まり、「君、自分の教科書はどうしたのかね?」「家に忘れました」。するとその先生はものすごい形相になって「ダメダッ」と本気で叫んだ。僕はシュンとなった。あの凄い表情は今でも思ひ浮かぶ。今の中学校の先生たちはあんな風に真剣に生徒を叱ってくれるのかしら。ともかくも天性の不注意で、社会人になってからもよく忘れものをした。それが不思議なことに人生の随分後半になってからはあまり忘れものをしなくなった。これにはコツがある。家を出る時などに持参するものは普段から指定の箱にしまっておいて、家でも必要な場合はそこから出してまた戻す。もちろん、スマホの充電ケーブルの様に、指定の箱に収めるのは実用的でない場合もある。けれども、出かける時にチェックすべきはアソコとアソコだけといふ風に、日頃から思ひ浮かべる癖をつけておくと、出かける直前の準備が楽になる。海外に出る時などは、まだ何か忘れてないか不安になるものだが、指定の箱の中身を全部持ってしまへば、まづ忘れものはないと安心できる。だが、コロナのせいで家に閉ぢこもって何ヶ月も経った。色々なものを、つい、もっと便利な場所に置いてしまふ。ものの置き場所が次第に拡散して来たのである。リュックを開けてみると中身はなんだか古ぼけた感じがする。このままでは将来外出できる日が来た時には、忘れものをしてしまひさうである。

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庭に咲く花の名前は知らない。