もしも今の自分が高校生であったなら

日 旧暦 閏9月10日 赤口 丁丑 二黒土星 Tobias Sönd. e. alla helgons dag V44 24008日目

もし、今の自分が高校生くらいであったとして、これからの進路について思ひを巡らすことを仮定してみる。実際に自分が高校生であった時代から半世紀が過ぎてゐるのだが、この半世紀の間に世の中は何と大きく変はったことだらうかと、今更ながら驚く。50年前に高校生であった僕は理工系に憧れた。憧れると言ふのは実際には自分に無いから憧れるのである。憧れの対象がスポーツや音楽や美術である場合には、天分がそれに合ってない事を自覚するのにさほど時間がかからないから諦めも早いのであるが、数学や物理学の勉強となると、努力すればある程度のところまでは誰でも行けるものだから、ついズルズルと行ってしまった。科学は人類に幸福をもたらすものとシンプルに信じられた時代であったことも、理工系を目指す理由の一つであった。公害問題が起きたり、科学の弊害が言はれる様になったのはもう少し後の事だった。心のどこかでは、「向いてないんじゃないか」と思ひつつ、工学部に進学してそのまま会社にも入ったから、人生の大半を技術者としてやって来た。でも、これからの時代を思ふと、あの様なやり方では技術者として駄目なんじゃないかと思ふ。するとどんな道に行くべきか悩んでしまふ。ノーベル賞受賞者などは「好きな事をやれ」とか言ふけれども、生きるための糧を稼ぐ事も現実問題として切実だ。かと言って、その対極でお金の為なら何でもやりますと言ふ生き方はあまりに貧しい。「科学は必ずしも人類を幸福にしない」と考へる人も居るし、「科学が人類を幸福に出来ないとしたら、それは技術がまだ未熟だからだ」と考へる人も居る。もし、今の僕がまだ高校生だったらどんな選択をするだらうか。